鹿島アントラーズに、まだ19歳ながら前線で存在感を見せるFWがいます。
徳田誉選手です。
名前は以前から知っていました。
高校年代で鹿島のトップチームに出場し、若くしてJ1初ゴールも記録した選手です。
ただ、順調にそのまま出場機会を増やしていったわけではありません。怪我による離脱も経験しています。
それだけに、2026/27シーズンに再び鹿島のトップチームでプレーする姿を見ると、「徳田誉は今、どこまで来ているのだろう」と気になりました。
そして9月15日、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACL Elite)のニューカッスル・ジェッツ戦では先発出場し、ゴールも記録しています。
高校年代でJ1の舞台に立った大型FWは、現在どんな成績を残し、どんな位置にいるのでしょうか。
これまでの歩みとともに追ってみます。
徳田誉の現在の成績は?鹿島で出場機会を増やす19歳
徳田誉選手は2007年2月18日生まれ。
鹿島アントラーズに所属するFWです。
身長186cm、体重83kgという体格を持ち、10代ながら鹿島のトップチームでプレーしています。
2024年6月16日のJ1リーグ・アルビレックス新潟戦でJリーグ初出場。
同年9月14日のサンフレッチェ広島戦では、J1初得点を記録しました。
2024年はリーグ戦12試合1得点。
2025年は9試合2得点を記録しています。
そして2026/27シーズンも鹿島のトップチームで出場機会を得ています。

まだシーズン序盤です。
数字だけを見れば鹿島の絶対的なレギュラーになったとは言えません。
しかし、個人的に気になるのは出場試合数そのものより、先発で起用される試合が出てきたことです。
若手選手にとって「トップチームの試合に出た」という段階と、「先発を任される」という段階には大きな違いがあります。
徳田選手は、その次の段階へ進もうとしているように見えます。
ACL Eliteで決めたゴール
その現在地を感じさせたのが、2026年9月15日のACL Elite、ニューカッスル・ジェッツ戦でした。
徳田選手は先発出場。
そして40分にゴールを決めています。
鹿島はこの試合を7-1で勝利しました。

大量得点の一つと言ってしまえばそれまでです。
若いFWにとって、先発で与えられた機会にゴールという結果を残したことは小さくないと思います。
高校年代でトップチームに顔を出した選手が、数年後には鹿島のユニフォームを着てアジアの舞台でゴールを決めている。
改めて振り返ると、かなり早いスピードでキャリアを進めていることが分かります。
では、徳田誉とはそもそもどんなFWなのでしょうか。
徳田誉はどんな選手?186cmの大型FWとして鹿島で育つ
徳田誉選手の特徴として、まず目に入るのが186cm、83kgという体格です。
FWとして前線に立ったとき、このサイズは大きな武器になります。
ただ、徳田選手を「背の高いセンターフォワード」という言葉だけでまとめると、少し違う印象があります。
前線で身体を張るだけではなく、ゴール前へ入っていく動きやシュートまで持っていく積極性があります。
若い大型FWと聞くと、どうしても「将来身体ができれば」という見方をしてしまいがちです。
しかし徳田選手の場合、すでに高校年代からJ1でプレーしています。
つまり、将来性だけを買われて鹿島のトップチームにいる選手ではありません。
実際にプロの試合へ投入できるだけのものを早い段階から評価されてきた選手です。
そして、その土台を作ってきた場所も鹿島でした。
徳田誉は高校時代から鹿島のトップチームでプレーしていた
徳田誉選手は千葉県出身です。
育成年代では鹿島アントラーズつくばジュニア、鹿島アントラーズつくばジュニアユースを経て、鹿島アントラーズユースへ進みました。
つまり、小学生年代から鹿島の育成組織で成長してきた選手です。
そしてユース在籍中の2024年、トップチームに2種登録されました。
同年6月にはJ1デビュー。
さらに9月にはJ1初ゴールまで記録しています。
高校年代の選手がJ1の試合に出場するだけでも目を引きますが、そこで得点まで残したことで「鹿島にまた面白いFWが出てきた」と感じた人も多かったのではないでしょうか。
鹿島アントラーズは、これまで数多くのストライカーがプレーしてきたクラブです。
その前線にユース年代から割って入る。
徳田選手への期待が大きくなったのも自然だったと思います。
ところが、そのまま一直線に飛躍とはいきませんでした。
徳田誉を襲った怪我とは?復帰までの経緯
徳田誉選手について検索すると、「怪我」という言葉が上位に出てきます。
若くしてJ1で得点し、これからさらに出場機会を増やしていくのではないかと思われた時期に、徳田選手は負傷による離脱を経験しました。
2025年には右膝関節内側側副靱帯損傷と診断され、治療期間は約8週間と発表されています。
10代の選手にとって、この時期の離脱は決して小さなものではありません。
トップチームでポジションをつかもうとしている最中なら、なおさらです。
試合に出られなければ、その間にもチーム内の競争は続きます。
だからこそ、現在また鹿島のトップチームでプレーしていることに意味を感じます。
復帰しただけではありません。
先発を任され、ACL Eliteではゴールという結果も残しました。
高校年代で注目された選手が怪我を経験し、そこから再びトップチームの競争へ戻ってきた。
現在の徳田選手を見るうえで、この過程は外せないと思います。
そして鹿島だけでなく、もう一つ競争が続いている場所があります。
年代別の日本代表です。
U-19日本代表でもプレーする徳田誉、その先にあるもの
徳田誉選手は2026年8月、AFC U20アジアカップ2027予選に臨むU-19日本代表に選出されました。
一方で、9月26日から行われるアゼルバイジャン遠征のU-19日本代表メンバーには名前がありませんでした。
年代別代表に選ばれた経験があるからといって、その後も自動的に招集され続けるわけではありません。
同年代にも多くの選手がいます。
鹿島でのポジション争いと同時に、年代別代表でも競争が続いています。
まだ19歳です。
だから「将来は日本代表のエースになる」と決めつけるには早すぎます。
一方で、「将来が楽しみな選手」という言葉だけで紹介する段階からも、少しずつ先へ進んでいるように感じます。
高校年代でJ1デビュー。
J1初ゴール。
怪我による離脱。
そこからトップチームへ戻り、先発出場し、アジアの舞台でもゴールを決めました。
徳田誉という名前を以前から知っていた人にとっても、現在地を追い直してみると印象が少し変わるのではないでしょうか。
鹿島でどこまで出場時間を伸ばせるのか。
そしてFWとして、どれだけゴールという数字を積み重ねられるのか。
19歳のストライカーは、もう「いつか出てくる選手」ではありません。

鹿島のトップチームで、次の一歩を争っているところです。


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