町野修斗の成績と現在は?湘南からドイツへの挑戦、日本代表復帰への道

ベルマーレカラーの忍者装束で印を結ぶ町野修斗の全身イラスト。背景に湘南時代のシュートシーンと「町野修斗の成績と現在」の文字 26-27 ブンデスリーガ

町野修斗の日本代表での歩みを振り返ると、「追加招集」という言葉が重要な意味を持っています。

2022年のカタールワールドカップでは、負傷した中山雄太に代わってメンバー入りを果たしました。

当時、湘南で13得点を挙げていた町野にとって、初めてのワールドカップです。

しかし、2026年9月17日に発表された日本代表メンバーには名前がありませんでした。

なぜ代表から外れたのでしょうか。

選考の具体的な理由を断定することはできませんが、クラブでの出場状況と、町野が代表で担ってきた役割を振り返ることで、現在の立場を整理できます。

2022年カタールW杯では追加招集でメンバー入り

町野が日本代表に初招集されたのは、2022年7月のEAFF E-1サッカー選手権でした。

この大会で3得点を挙げ、得点王に輝きました。

さらに、湘南ではJ1で13得点を記録。

日本人選手としてリーグ最多の得点を挙げています。

その活躍を経て、11月にはカタールW杯のメンバーに追加招集されました。

湘南の公式会見で町野は、クラブからの電話を受けた際、追加招集かもしれないと思ったことや、夢がかなった瞬間に驚きで呆然としたことを振り返っています。

出典:湘南ベルマーレ公式・W杯メンバー選出会見 

北九州でJ3、J2を経験し、湘南でJ1の舞台に立ち、ついにはワールドカップへ。

この道のりには、町野が一段ずつ階段を上ってきたことが表れています。

2025-26シーズンは途中出場が中心だった

ボルシアMGへ移籍した2025-26シーズン、町野はリーグ戦32試合に出場しました。

しかし、プレー時間は合計1,063分。

途中出場が中心で、得点は3ゴールにとどまっています。

2026年3月のDFL主催のオンライン取材では、町野自身も先発出場への思いを語っていました。

練習で良い感覚を得ていてもベンチスタートになることがあり、感情の浮き沈みを経験しながらシーズンを戦っているという内容です。

また、日本代表では途中出場から試合を締めたり、追加点を狙ったりする役割を任されてきたことにも触れています。

出典:Transfermarkt・2026年3月の町野修斗インタビュー 

キールで11得点を挙げたストライカーが、移籍先では限られた時間の中で結果を求められる。

これは町野にとって、ドイツでの挑戦が新しい段階に入ったことを示しているように思います。

ただし、2026年9月の代表落選について、クラブでの出場時間が直接の理由だったと断定することはできません。

日本代表復帰へ、求められるのは継続した結果

9月19日のマインツ戦で、町野は今季初ゴールを決めました。

途中出場からPKを獲得し、自らキッカーを務めて成功させています。

代表メンバー発表からわずか2日後の出来事でした。

町野にとって、代表に選ばれなかった悔しさを晴らすためにも、クラブで結果を積み重ねることが重要になるでしょう。

筆者としては、キールで二桁得点を挙げた町野が、ボルシアMGで再び先発の座をつかめるかに注目しています。

代表復帰という目標と、クラブでのポジション争い。

この二つの挑戦は、これからの町野修斗を見ていくうえで欠かせないテーマです。

町野修斗の移籍歴は?横浜F・マリノスから北九州、湘南、ドイツへ

町野修斗のキャリアは、最初から順風満帆だったわけではありません。

横浜F・マリノスでプロ入りしたものの、J1での出場機会を得られず、ギラヴァンツ北九州へ移籍しました。

そこからJ3、J2、J1とステップアップし、ドイツへ渡っています。

所属クラブの変遷を見ていきましょう。

出典:サッカーキング・町野修斗プロフィール 

横浜F・マリノスでプロ入りするも出場機会を得られず

三重県伊賀市出身の町野は、履正社高校を経て2018年に横浜F・マリノスへ加入しました。

しかし、プロ1年目のリーグ戦出場はありませんでした。

翌2019年にはギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍します。

J1の名門クラブでプロ生活を始めながら、実戦経験を積む場所として選んだのはJ3でした。

ここが町野のキャリアにおける最初の転機です。

ギラヴァンツ北九州でJ3からJ2へ

2019年、町野は北九州で30試合8得点を記録しました。

チームはJ3優勝を果たし、J2へ昇格します。

2020年には完全移籍となり、J2で32試合7得点を記録しました。

数字だけを見れば、まだ突出した得点数ではありません。

しかし、2シーズン続けてリーグ戦30試合以上に出場したからこそ、その後の成長につながったのでしょう。

2022年のW杯追加招集会見では、町野自身が北九州へ移籍した当時の悔しさに触れ、もう一度J1でプレーしたいという思いが、その後の結果につながったと振り返っています。

J3への移籍は、単なる遠回りではありませんでした。

町野がストライカーとして成長するために必要な時間だったのでしょう。

湘南ベルマーレで得点力が開花

2021年、町野は湘南ベルマーレへ完全移籍しました。

J1初年度は31試合4得点。

翌2022年には30試合13得点と大きく数字を伸ばし、日本代表にも選出されました。

さらに2023年には、シーズン途中までに19試合9得点を記録しています。

湘南での町野は、ゴール前での決定力だけでなく、前線での起点や背後への抜け出しも武器にしていました。

2022年のW杯メンバー選出会見では、自身の強みとして、前線で起点になること、背後へ抜け出すこと、右足・左足・頭のいずれでも得点できることを挙げています。

忍者たるゆえんでしょうか。

湘南で磨いた多彩な得点パターンが、海外移籍への道を切り開きました。

キールでブンデスリーガ昇格、そしてボルシアMGへ

2023年夏、町野はドイツ2部のホルシュタイン・キールへ移籍しました。

加入初年度は31試合5得点を記録し、クラブのブンデスリーガ昇格に貢献しました。

翌2024-25シーズンには、ドイツ1部で32試合11得点を記録します。

J1で13得点を挙げた町野が、ブンデスリーガでも二桁得点に到達したのです。

その活躍を受け、2025年7月にはボルシアMGへ移籍しました。

ただ、移籍後は途中出場が中心となり、2025-26シーズンは32試合3得点に終わりました。

そして迎えた2026-27シーズン。

町野は新たな環境で、再び得点を重ねることを目指しています。

町野修斗の忍者ポーズとは?湘南時代から続くゴールパフォーマンス

町野修斗といえば、ゴール後に両手で印を結ぶ「忍者ポーズ」を思い浮かべる人も多いでしょう。

湘南ベルマーレ時代におなじみとなったこのパフォーマンスには、町野の故郷である三重県伊賀市との深いつながりがあります。

しかも、誕生のきっかけを調べてみると、少し笑ってしまうようなエピソードがありました。

忍者ポーズが生まれたきっかけは伊賀城での手裏剣体験

町野は2022年11月のW杯メンバー選出会見で、忍者ポーズを始めた経緯を語っています。

前年のオフシーズン、故郷の伊賀へ帰省した際に伊賀城を訪れ、手裏剣体験に参加したそうです。

そこで忍者ポーズをしてみたところ、右手を上にしてしまい、担当者から正しい形を教えられました。

その担当者が、町野にとっての「師匠」になったというのです。

出典:湘南ベルマーレ公式・町野修斗W杯選出会見 

忍者ポーズは、左手を上にするのが正しい形。

実は町野も、最初から正確にできていたわけではありませんでした。

2022年11月の日刊スポーツの取材では、風呂上がりに鏡の前で練習を重ね、習得まで半年かかったというエピソードも紹介されています。

ゴールを決める練習だけでなく、ゴールを決めた後の練習までしていたとは。

それだけ大切にしているパフォーマンスなのでしょう。

忍者ポーズには故郷・伊賀への思いが込められている

町野は伊賀市出身であることを誇りに思っており、故郷を象徴するパフォーマンスを作れたことに感謝していると語っています。

2022年の東海テレビの取材でも、地元から応援してくれる人たちへの感謝を示していました。

単なる目立つためのポーズではなく、故郷を背負ってピッチに立つ町野ならではの表現だったのです。

湘南時代のゴールシーンを振り返ると、得点後に忍者ポーズを決める姿が印象に残ります。

2023年4月1日のガンバ大阪戦では、前半だけで4得点を記録しました。

この試合について、Number Webでは町野本人へのインタビューを掲載しています。

出典:Number Web・町野修斗の4得点と忍者ポーズ 

前半だけで4得点。

ストライカーにとって、これほど鮮烈な記憶もなかなかありません。

町野の忍者ポーズは、湘南での得点力を象徴する存在にもなっていきました。

ドイツでも続く忍者ストライカーの物語

ドイツへ渡った後も、町野は忍者ポーズを大切にしています。

2025年に公開されたLemino Footballのインタビューでは、ファンサービスの際にも忍者ポーズを求められることがあると語っています。

ただし、どんなゴールでも披露するわけではありません。

チームが負けているときはパフォーマンスをせず、自陣へ戻る一方、先制点や同点ゴール、勝ち越しゴールを決めた際には披露するという考えも明かしています。

出典:Lemino Football・町野修斗インタビュー 

この話を知ると、忍者ポーズの見え方も少し変わってきます。

自分がゴールを決めた喜びだけでなく、チームの状況を考えて披露するパフォーマンス。

故郷の伊賀から湘南へ、そしてドイツへ。
町野修斗の忍者ポーズには、彼が歩んできた道のりが重なっているように感じます。

町野修斗のPK成功率は?10本連続成功を支える勝負強さ

2026年9月19日のマインツ戦で、町野修斗はプロキャリア通算10本目となるPKを成功させました。

これで10本連続成功。成功率は100%です。

ただし、これは報道で集計されたプロキャリアのPK記録であり、PK戦を含むすべてのキックを集計した数字とは限りません。

マインツ戦では自らキッカーを志願

ボルシアMGはマインツを相手に、3-4で敗れました。

町野は後半39分から途中出場し、アディショナルタイムにPKを獲得します。

この試合では、すでにケビン・ディクスがPKを失敗していました。

それでも町野は自らキッカーを志願し、ボールを譲らずにPKを決めています。

チームが敗れたため、決勝点にはなりませんでした。

しかし、途中出場から短い時間でPKを獲得し、確実に得点へ結びつけたことは見逃せません。

PK10本連続成功という記録

DAZN Japanは9月19日の公式X投稿で、町野がキャリア通算10本のPKをすべて成功させていると紹介しています。

PKはキッカーにとって、得点が期待される一方で、失敗が大きく注目されるプレーです。

10本すべてを決めているという事実は、町野の大きな武器といえるでしょう。

もっとも、成功率だけでキックの技術をすべて評価できるわけではありません。

蹴るコースやタイミング、相手GKとの駆け引きなど、映像を見ながら確認したい要素もあります。

それでも、今回のマインツ戦で見せた姿には、ストライカーとしての強い意志を感じました。

チームが苦しい状況にあるとき、自分で得点を奪う。

忍者ポーズとはまた違う、町野修斗の勝負強さが表れた場面だったと思います。

町野修斗の成績に関するよくある質問

成績の出典:サッカーキング・町野修斗 /ゲキサカ・2026-27シーズン成績 

まとめ|町野修斗の成績と忍者ストライカーの現在地

町野修斗は、横浜F・マリノスでプロ入りした後、北九州でJ3とJ2を経験し、湘南ベルマーレで得点力を開花させました。

2022年にはJ1で13得点を記録し、カタールワールドカップの日本代表メンバーに追加招集されています。

2023年にはドイツへ渡り、キールでブンデスリーガ昇格を経験。

2024-25シーズンにはドイツ1部で11得点を記録しました。

しかし、ボルシアMGへ移籍した2025-26シーズンは32試合3得点。

出場機会はありながらも、先発出場や得点数という面では、新たな課題に向き合うシーズンとなりました。

そして2026年9月19日、マインツ戦で今季初ゴールを記録しました。

チームは開幕4連敗という苦しい状況ですが、町野自身は短い出場時間の中で結果を残しています。

思い返せば、J3の北九州から再びJ1を目指したときも、町野は決して平坦な道を歩んできたわけではありません。

湘南での13得点も、キールでの11得点も、そうした挑戦の先に生まれた数字でした。

今度はボルシアMGで、どのような結果を残してくれるのでしょうか。

そして、もう一度日本代表のユニフォームを着て、あの忍者ポーズを見せてくれる日が来るのでしょうか

伊賀から世界へ飛び出したストライカーの挑戦は、まだ続いています。

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