私が初めて松木玖生を目にしたのは、第99回全国高校サッカー選手権でした。
青森山田は決勝で山梨学院と対戦。2-2のまま延長戦でも決着がつかず、PK戦の末に敗れました。
その試合で印象に残ったのは、まだ2年生だった松木の姿です。

先輩たちを鼓舞する様子を見て、ずいぶん存在感のある選手だと思ったことを覚えています。
そして翌年。
青森山田は前年の悔しさを晴らし、全国の頂点に立ちました。
キャプテンとなった松木は、その舞台でもやはり目立っていました。
あの頃から強烈な印象を残していた男は、FC東京を経て海外へ渡りました。
そして2026年9月、ついに日本代表への初招集を果たしています。
松木玖生は今、どこでプレーし、どんな成績を残しているのでしょうか。
高校時代の記憶を出発点に、その歩みと現在地をたどってみます。
松木玖生の現在は?サウサンプトンでの所属とポジション
2026年9月20日現在、松木玖生はイングランド2部のサウサンプトンFCに所属しています。
日本サッカー協会(JFA)が発表した9月・10月の日本代表メンバーにも、所属クラブはサウサンプトンFCと記載されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 松木玖生(まつき・くりゅう) |
| 生年月日 | 2003年4月30日 |
| 出身地 | 北海道 |
| 身長・体重 | 180cm・78kg |
| ポジション | MF |
| 現在の所属 | サウサンプトンFC |
プロフィールの身体情報はFC東京公式、現在の所属はJFAの2026年9月発表に基づきます。
サウサンプトンで迎えた2年目
松木は2024年夏にサウサンプトンへ完全移籍しましたが、最初のシーズンはトルコ1部のギョズテペへ期限付き移籍しました。
2025年夏にサウサンプトンへ合流し、同年8月12日のカラバオ・カップ1回戦で公式戦デビューを果たしています。
ノーサンプトン・タウン戦の63分からピッチに立ちました。
つまり、2026-27シーズンはサウサンプトンで迎える2年目にあたります。
青森山田からFC東京、トルコ、そしてイングランドへ。
所属クラブの名前を並べるだけでも、松木が着実に舞台を変えてきたことが分かります。
現在のポジションとプレースタイル
松木の基本ポジションはMFです。
FC東京の公式プロフィールでは、ボール奪取力と得点力に優れ、勝負強さやアグレッシブなプレーでチームに活力を与える選手として紹介されています。
私が彼の高校時代に感じた存在感は、こうしたプレーの特徴とも重なります。
球際で戦い、攻撃にも顔を出す。
それだけではなく、チームの空気を動かそうとする姿が印象に残る選手です。
もちろん、海外では対戦相手の強さも、求められる役割も変わります。
高校時代の印象だけで現在のプレーを語ることはできません。
それでも、松木の歩みを追ううえで、攻守両面への関わりは外せないポイントでしょう。
松木玖生の成績は?FC東京から海外挑戦まで
松木の成績を振り返ると、高校卒業後すぐにJ1で出場機会をつかみ、海外でも公式戦で結果を残してきたことが分かります。
FC東京時代の年度別成績
松木は2022年にFC東京へ加入しました。
Jリーグ公式の記録によると、J1での年度別成績は次のとおりです。
| シーズン | J1出場 | 得点 |
|---|---|---|
| 2022 | 31 | 2 |
| 2023 | 22 | 1 |
| 2024 | 18 | 2 |
| 通算 | 71 | 5 |
高卒1年目の2022年から31試合に出場しています。
高校サッカーで目立っていた選手でも、プロの世界では出場機会を得るまでに時間がかかることがあります。
その点、松木は最初のシーズンからJ1の舞台で経験を積みました。
2024年はシーズン途中で海外へ移籍したため、J1での出場は18試合です。
3シーズンで71試合5得点。
得点数だけを見れば突出した数字ではありませんが、松木の仕事はゴール前だけではありません。
ボールを奪い、攻撃へつなぎ、チームの中盤を支える役割も担ってきました。
ギョズテペでの成績
2024-25シーズン、松木はトルコ1部のギョズテペでプレーしました。
リーグ戦と国内カップ戦の成績を分けて見ると、次のようになります。
| 大会 | 出場 | 得点 | アシスト |
|---|---|---|---|
| トルコ1部リーグ | 28 | 2 | 4 |
| 国内カップ戦 | 6 | 4 | 1 |
| 合計 | 34 | 6 | 5 |
特に目を引くのは、国内カップ戦での6試合4得点です。
中盤の選手としてプレーしながら、ゴールという分かりやすい結果も残しました。
FC東京から直接イングランドへ渡り、すぐにプレーしたわけではありません。
トルコでの1年間があったからこそ、サウサンプトンへ合流する際には、海外で公式戦を戦った経験を持っていました。
サウサンプトンでの最新成績
2026年9月17日時点の報道では、松木は2026-27シーズンのイングランド2部リーグで7試合に出場し、1得点1アシストを記録しています。
2026年9月17日時点の数字です。以降の試合結果は含めていません。
2025-26シーズンは序盤に出場機会を得られない時期がありましたが、後半には先発に定着したと報じられています。
高校時代から注目されてきた松木にも、海外では簡単に試合へ出られない時間がありました。
その状況を経て、次のシーズンには得点とアシストを記録し、日本代表にも選ばれています。
成績を時系列で追うと、現在の代表初招集が突然訪れた出来事ではないことが見えてきます。
松木玖生はなぜ海外移籍した?FC東京からイングランドへの道
松木がFC東京を離れたのは、2024年夏のことです。
7月13日、FC東京は海外クラブへの移籍を前提とした手続きと準備のため、松木がチームを離脱すると発表しました。
そして7月30日、サウサンプトンFCへの完全移籍が正式に決まっています。
FC東京で過ごした2年半
移籍発表に際し、松木はFC東京での2年半について、多くのことを学び、幸せだったと振り返っています。
また、クラブやチームメイトへの感謝を示し、東京での経験を生かして挑戦を続ける意志を伝えました。
高校を卒業してすぐに海外へ渡る道もあったかもしれません。
しかし、実際に松木が選んだのは、まずJリーグで経験を積む道でした。
FC東京での71試合は、その後の海外挑戦につながる時間だったと私は感じます。
サウサンプトンへ移籍し、まずはトルコへ
サウサンプトンへの完全移籍と同時に発表されたのが、ギョズテペへの期限付き移籍です。
2024-25シーズンはトルコでプレーし、翌2025年夏にサウサンプトンへ合流しました。
移籍先はイングランドでも、最初の海外での実戦経験はトルコ。松木の海外挑戦は、一直線ではありませんでした。
それでも、ギョズテペでは公式戦34試合に出場し、6得点5アシストを記録しています。
海外へ行くこと自体がゴールではありません。
新しい環境で試合に出て、結果を残し、次の舞台へ進む。その積み重ねが見える移籍でした。
松木玖生はなぜ日本代表に呼ばれなかった?初招集までの歩み
「松木玖生 日本代表 呼ばれない」。
A代表への選出を待っていた人は少なくなかったのでしょう。
ただし、招集されなかった理由を一つに決めつけることはできません。
まずは、年代別代表から2026年9月の初招集までを確認します。
年代別日本代表では継続して選出
松木は高校時代から年代別日本代表に選ばれてきました。
FC東京が2024年7月に公表した代表歴には、U-15、U-16、U-17、U-19、U-20、U-21、U-22、U-23日本代表が並んでいます。
2024年にはAFC U23アジアカップのメンバーにも選出されました。
本人もFC東京を通じ、パリ五輪の出場権獲得に向けて力を発揮したいという趣旨のコメントを残しています。
年代別代表とは長い付き合いがありました。
それでも、A代表のユニフォームに袖を通す機会は、すぐには訪れなかったのです。
パリ五輪には出場せず
松木は2024年6月のU-23日本代表の海外遠征にも選ばれていました。
FC東京公式のコメントでは、パリ五輪本大会前の最後の海外遠征と位置づけ、チームの上積みを目指す意気込みを語っています。
しかし、最終的にパリ五輪本大会のメンバーには入りませんでした。

同じ時期に海外移籍の準備が進んでいたことはFC東京の発表から確認できますが、それだけを根拠に不参加の理由を断定することはできないようです。
五輪という大舞台には立てませんでしたが、松木のキャリアはそこで止まりませんでした。
トルコで経験を積み、イングランドで出場機会をつかんでいきます。
2026年9月、ついにA代表初招集
2026年9月17日、日本サッカー協会は9月・10月の国際親善試合に臨む日本代表メンバーを発表しました。
そこに松木玖生の名前がありました。
A代表への初招集です。
今回の代表は9月24日にウルグアイ、28日にベネズエラと対戦し、10月にも試合を予定しています。
※2026年9月20日時点
初招集は決まりましたが、代表での初出場はこれからです。
高校時代から世代を代表する選手として注目されてきた松木が、23歳で初めてA代表に選ばれました。
「なぜ呼ばれないのか」という疑問に、ようやく新しい展開が生まれたわけです。
私は、ここまでの歩みを見て、単に選出が遅かったとは思いません。
FC東京で試合に出て、トルコで結果を残し、イングランドで苦しい時期も経験しました。

高校時代から目立っていた選手が、海外での経験を重ねて代表へたどり着いた。その過程にこそ、今回の初招集の意味があると感じています。
松木玖生の原点は青森山田!高校時代の成績と記憶
ここで、私が松木を初めて見た高校サッカーの舞台へ戻ります。
松木の名前を聞くと、今でも真っ先に思い浮かぶのは、青森山田の背番号10です。
第99回大会、山梨学院との決勝でPK負け
2021年1月11日、第99回全国高校サッカー選手権の決勝。
青森山田は山梨学院と対戦しました。
山梨学院に先制された青森山田は、57分に藤原優大、63分に安斎颯馬が得点して逆転します。
しかし78分に追いつかれ、試合は延長戦でも決着がつきませんでした。
最後はPK戦で2-4。青森山田は準優勝に終わっています。
この決勝で松木は2年生ながら背番号10をつけ、先発出場していました。
私の記憶に残っているのは、敗れた結果以上に、松木が先輩たちを鼓舞していた姿です。

あと一歩で優勝に届かなかったことに涙を流していた松木を覚えています。
きっと彼は来年この舞台にやってくる。
そんな期待を抱かせる決勝でした。
第100回大会、キャプテンとして全国制覇
翌2022年1月10日、メモリアルとなる第100回大会の決勝。
青森山田は大津と対戦し、4-0で勝利しました。松木はキャプテンとして先発し、55分にはヘディングでチームの3点目を決めています。
| 大会 | 青森山田の結果 | 松木の立場 |
|---|---|---|
| 第99回(2020年度) | 準優勝・決勝でPK負け | 2年生、背番号10 |
| 第100回(2021年度) | 優勝・決勝で大津に4-0 | キャプテン、決勝で1得点 |
前年の悔しさを知る松木が、今度はキャプテンとして優勝をつかみました。
しかも、ただチームをまとめただけではありません。
決勝の大舞台で自らゴールを決めています。

私が前年に感じた「あの2年生は何者だろう」という印象は、翌年優勝の立役者として具現しました。
青森山田時代から見えていた松木らしさ
第100回大会決勝を振り返ったJFAの記事では、松木が試合前の準備に手応えを感じていたことも紹介されています。
2年生のときには先輩を鼓舞し、3年生ではキャプテンとしてチームを率いて、自ら得点する。
私にとって、松木玖生の原点はこの2年間にあります。
強気なプレーだけではなく、勝負の場面で前に出てくる姿勢。
高校サッカーの決勝という大舞台で、それがはっきりと見えました。
その後のFC東京や海外での歩みを見ていると、あの頃の印象が何度もよみがえります。
松木玖生の筋肉とフィジカルは武器?プレーを支える強さ
松木の特徴として、フィジカルの強さを思い浮かべる人もいるでしょう。
FC東京の公式プロフィールでは身長180cm、体重78kg。プレーの特徴として、ボール奪取力や得点力、アグレッシブさが挙げられています。
球際で戦える中盤の選手
松木の魅力は、相手と競り合う場面で引かないことです。
ボールを奪いに行く積極性があり、攻撃へ転じればゴール前にも入っていきます。
青森山田の第100回大会決勝で決めたヘディングシュートも、ゴール前の落下点へ飛び込んで生まれた得点でした。
得点だけでは測れない役割
MFの成績を見るとき、得点やアシストは分かりやすい指標です。
ただ、松木の場合はボール奪取や攻守の切り替えも重要になります。
数字の表に載せたゴールだけで、選手としての価値を判断するのは難しいでしょう。
高校時代の松木が私の目に留まったのも、得点したからだけではありません。
周囲を鼓舞し、プレーでも存在感を示す。
そうした姿が、今も松木を追いかけたくなる理由です。
松木玖生が日本代表デビューで初ゴール!ウルグアイ戦で残したインパクト
※上記記事執筆後追記内容です。(9月25日)
2026年9月24日、キリンチャレンジカップのウルグアイ戦。
日本代表に初招集された松木玖生は、3-4-2-1の右ウイングバックで先発し、ついにA代表デビューを果たしました。
しかも、ただ出場しただけではありません。
前半11分、中村敬斗からのサイドチェンジを受けると、右サイドから中央へカットイン。
左足から放った低い弾道のミドルシュートがゴール左隅へ吸い込まれました。
A代表で初めてピッチに立ってから、わずか11分。
松木はいきなり代表初ゴールを決め、日本の3-1の勝利に貢献しました。

タケが「持っている側の人間だなと思った」とコメントしています。
サウサンプトンで磨いた形が代表初ゴールにつながった
印象的だったのは、ゴールそのものだけではありません。
試合後、松木はカットインした時点でシュートのイメージがあったことを明かし、この形はサウサンプトンでも毎日練習していると振り返っています。
偶然そこにボールが転がってきたわけではありません。
FC東京から海外へ渡り、ギョズテペを経てサウサンプトンへ。
そこで積み重ねてきたものの一つが、日本代表という舞台で結果につながりました。
この記事を書いた時点では、松木はA代表に初招集されたばかりでした。
「代表でどんなプレーを見せるのだろう」
そう思いながら現在までの歩みを振り返りましたが、その答えは思っていた以上に早く返ってきました。
しかも、代表デビュー戦でのゴールという形です。
「お前ならできる」先輩たちの言葉にゴールで応えた
初めてのA代表。しかも普段とは異なる右ウイングバックでの先発でした。
それでも松木は、サウサンプトンでも右ウイングでプレーしているため、大きな違和感はなかったと話しています。
守備では上下動を繰り返し、球際でも激しく戦いました。
そして初出場を迎える松木に、代表の先輩たちは「お前ならできる」と声を掛けていたといいます。
松木はその言葉が心の支えになったと振り返り、ゴールという形で恩返しできたことへの感謝を口にしました。

ここで私は、青森山田時代の松木を思い出します第99回全国高校サッカー選手権の決勝。
PK戦で敗れたあと、まだ2年生だった松木が先輩たちを鼓舞していた姿です。
あれから年月が流れ、今度は日本代表の先輩たちから言葉を掛けられ、その期待にゴールで応えました。
立場は変わっても、チームの中で周囲と力を与え合う姿は、どこかあの頃と重なって見えます。
初ゴールを決めても「まだまだ」
代表デビュー戦でゴール。
これ以上ないスタートにも思えます。
ところが、松木本人の視線はすでにその先へ向いていました。
試合後には、インパクトは残せたものの、それ以外の部分はまだまだだと振り返っています。
さらに、左利きの右ウイングバックとして、縦への突破だけでなくクロスや自分で剥がしていくプレーを増やし、もっと相手に怖さを与えたいという課題も口にしました。
そして残る代表戦に向けて、得点やアシストに絡み、もっとアピールしたいという意欲も示しています。
初出場で初ゴールを決めても、そこで満足しない。
私が高校時代に初めて見た松木玖生も、そんな選手でした。
第99回大会では悔しい準優勝。
それを翌年の全国制覇へと変えました。
そして今度は、日本代表デビュー戦で初ゴール。
あの日、先輩たちを鼓舞していた2年生は、23歳になって日本代表のピッチに立ちました。
松木玖生の次の目標は、代表に呼ばれることではありません。
この場所に定着し、もっと大きなインパクトを残すことへと変わっています。
松木玖生についてよくある質問
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 松木玖生の現在の所属は? | 2026年9月20日時点では、イングランド2部のサウサンプトンFCです。 |
| 現在の成績は? | 2026年9月17日時点で、今季リーグ戦7試合1得点1アシストと報じられています。 |
| 日本代表に選ばれた? | 2026年9月17日にA代表へ初招集されました。 |
| ポジションは? | MFです。 |
| 身長は何cm? | FC東京公式プロフィールでは180cmです。 |
| 松木安太郎と血縁? | いいえ。無関係です。 |
| パリ五輪に出場した? | いいえ。年代別代表には選ばれていましたが、本大会には出場していません。 |
まとめ|青森山田から海外へ、松木玖生の現在地
松木玖生は2026年9月現在、サウサンプトンFCでプレーしています。
FC東京ではJ1通算71試合5得点。ギョズテペでは公式戦34試合6得点5アシストを記録し、2026年9月にはA代表への初招集を果たしました。
数字を並べれば、順調なキャリアに見えるかもしれません。
しかし、海外では出場機会を得られない時期もあり、パリ五輪の舞台にも立てませんでした。
注目され続けてきた選手だからこそ、期待どおりに進まない時間もあったはずです。
それでも私の中にある松木玖生の姿は、あの第99回全国高校サッカー選手権の決勝から変わりません。
PK戦で敗れた青森山田。
その中で、2年生ながら先輩たちを鼓舞していた背番号10。
翌年にはキャプテンとして全国制覇を果たし、自ら決勝でゴールも決めました。
あれから海外へ渡り、今度は日本代表という新しい舞台に立とうとしています。
あの決勝で目にした強気な2年生が、世界を相手にどんなプレーを見せるのでしょうか。

松木玖生の物語は、まだまだこれからです。
[追記]
この記事を書いた時点では、まだ「初招集」でした。
ところが9月24日のウルグアイ戦。
松木は右ウイングバックで先発し、A代表デビューを果たします。
そして前半11分。
右サイドから中央へ切り込み、左足を振り抜いて代表初ゴールを決めました。
日本代表デビュー戦で初ゴール。
あの日、先輩たちを鼓舞していた2年生は、世界を相手にする日本代表の一員になりました。
それでも本人は「まだまだ」と、その先を見ています。


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