槙野監督といえば、今年のJリーグオールスターで田中パウロ淳一選手に見せた、まさかのタックルを覚えている方も多いのではないでしょうか。
ドリブルで仕掛けるパウロ選手を、ベンチ前から飛び出した槙野監督が止めてしまうという珍場面。
槙野監督にはイエローカードが提示され、その様子はJリーグ公式の動画でも公開されています。
あの場面を見て、思わず笑ってしまった方もいるでしょう。
しかし、田中パウロ淳一選手の経歴をたどってみると、笑いだけでは語れないサッカー人生が見えてきます。
川崎フロンターレでプロになり、複数のクラブを渡り歩いた末に松本山雅FCを契約満了で退団。
一度はJリーグを離れながらも、栃木シティで再び這い上がってきました。
2025年にはJ3で38試合11得点を記録。
2026年6月には、次のシーズンも栃木シティで戦うことが発表されています。
あの明るいキャラクターの裏には、どんな選手としての歩みがあったのでしょうか。
まずは成績から振り返ってみます。
田中パウロ淳一の成績は?2025年に38試合11得点を記録
田中パウロ淳一選手は、2025年のJ3リーグで栃木シティの全38試合に出場し、11得点を記録しました。

この時大嶽監督指揮するFC大阪とも対戦し、目の上のタンコブでした。(笑)
2026年のJ2・J3百年構想リーグでも20試合に出場して4得点。
2026年6月14日に発表された契約更新により、2026/27シーズンも栃木シティでプレーすることが決まっています。
栃木シティ加入後の年度別成績
| シーズン | 所属リーグ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2023 | 関東1部 | 18 | 3 |
| 2024 | JFL | 25 | 6 |
| 2025 | J3 | 38 | 11 |
| 2026百年構想リーグ | J2・J3 | 20 | 4 |
出典:所属事務所JEB ENTERTAINMENT・選手プロフィール 、栃木シティ公式・2026年契約更新 。
注目したいのは、栃木シティが所属するカテゴリーを上げていくなかでも、パウロ選手が出場機会を確保し、得点を積み重ねていることです。
2023年は地域リーグ、2024年はJFL、2025年はJ3。そして2026/27シーズンはJ2へ。
単にJリーグへ戻っただけではありません。クラブと一緒に、さらに上の舞台へ進んできました。
2025年には11得点に加えて14アシストも記録しています。
ゴールを決めるだけでなく、味方の得点も生み出していたことが分かります。
SNSでの人気を先に知った人にとっては、少し意外な数字かもしれません。
でも、ここまでの実績を見ると、パウロ選手がオールスターに登場したことにも納得できます。
田中パウロ淳一の経歴|川崎フロンターレから栃木シティまで
田中パウロ淳一選手は、1993年10月23日生まれの兵庫県出身です。
大阪桐蔭高校を卒業後、2012年に川崎フロンターレでプロ生活をスタートさせました。
その後、ツエーゲン金沢、FC岐阜、レノファ山口FC、松本山雅FCを経て、2023年に栃木シティへ加入しています。
所属クラブの変遷
| 年 | 所属クラブ |
|---|---|
| 2012〜2013 | 川崎フロンターレ |
| 2014〜2015 | ツエーゲン金沢 |
| 2016〜2018 | FC岐阜 |
| 2019〜2020 | レノファ山口FC |
| 2021〜2022 | 松本山雅FC |
| 2023〜 | 栃木シティ |
出典:松本山雅FC公式・契約満了のお知らせ 、栃木シティ公式・契約更新のお知らせ 。
川崎でのJ1出場から、岐阜での活躍へ
川崎フロンターレでは、2012年にJ1リーグ3試合に出場しました。
その後、金沢でJ3とJ2を経験し、FC岐阜では出場機会を増やしていきます。
特に2018年はJ2で32試合8得点。松本山雅FCが公表した年度別成績を見ると、J2で最も多くの得点を記録したシーズンでした。
パウロ選手の経歴は、最初から順風満帆だったわけではありません。
J1からJ3まで複数のカテゴリーを経験し、クラブを移るたびに新しい環境で自分の居場所を探してきました。
その歩みが、大きく変わるのは2022年のことです。
田中パウロ淳一はなぜ「クビ」に?松本山雅FCとの契約満了と再出発
「田中パウロ淳一 クビ 理由」という検索がなされたりもします。
実際には、松本山雅FCが2022年11月23日に発表したのは「契約満了」です。
翌シーズンの契約を結ばないことが、クラブから正式に告知されました。
松本山雅FCでの2022年の成績
2022年のJ3リーグでは、8試合に出場して3得点。
天皇杯では2試合に出場し、こちらも3得点を記録しています。
得点を挙げていた一方、リーグ戦の出場は8試合にとどまりました。
ただし、この数字だけで契約満了の理由を断定することはできません。
クラブの発表には、翌シーズンの契約を結ばないという事実は記されていますが、個別の判断理由までは説明されていません。
退団時に語っていた苦しさ
契約満了の発表に際し、パウロ選手はJ2昇格を達成できなかったことを謝罪し、個人的にも苦しい日々が続いたと振り返っています。
その一方で、応援を続けてくれたサポーターへの感謝を述べ、サンプロ アルウィンの雰囲気や信州ダービーでの経験を大切な思い出として挙げていました。
普段の明るい姿からは想像しにくいかもしれませんが、この時期のパウロ選手は、サッカーを続けられるかどうかという岐路に立っていました。

得点を挙げながらも契約更新できないこともあるのですね。
Jリーグのクラブから声がかからなければ、引退も考えていた
後のインタビューでは、松本退団後にトライアウトを受け、Jリーグのクラブから誘いがなければ現役を続けるのは難しいと考えていたことを明かしています。
そんなとき、栃木シティの大栗崇司社長が松本まで足を運んだことが、次の道につながりました。

塞翁が馬を地で行く話ですね。
Jリーグでプレーしてきた選手が、地域リーグのクラブへ移る決断をする。
カテゴリーだけを見れば、決して華やかな移籍ではありません。
しかし、その決断が後の復活につながっていきます。
栃木シティで復活|地域リーグからJ2昇格まで
2023年、田中パウロ淳一選手が加入した栃木シティは、関東サッカーリーグ1部に所属していました。
Jリーグを離れ、地域リーグからの再出発です。
ところが、ここから栃木シティは驚くような歩みを見せます。
2023年にJFL昇格、2024年にJ3参入、2025年にはJ3優勝とJ2昇格を達成しました。
パウロ選手は、そのすべての過程をチームとともに経験しています。

2024、2025とFC大阪を応援していた私の目にも、ライバルチームとして目覚ましい躍進に映っていました。
「Jリーグに戻る」という目標を達成
2024年12月、栃木シティとの契約更新に際して、パウロ選手は2年連続の昇格によってJリーグ復帰という目標を達成したことを喜びました。
それでも満足することなく、次はJ3でも強さを証明したいと意気込みを語っています。
その言葉どおり、2025年には38試合11得点を記録し、栃木シティはJ3優勝とJ2昇格を達成しました。
一度はJリーグから離れた選手が、クラブをJリーグへ連れて戻り、さらにJ2まで上がっていく。
この経歴を知ると、オールスターで見せたパウロ選手の笑顔も、少し違って見えてきます。
2025年2・3月度のJ3月間MVPを受賞
2025年4月15日、Jリーグは2・3月度のJ3月間MVPに田中パウロ淳一選手を選出しました。
本人の受賞コメントで印象的だったのは、冒頭の言葉です。
「サッカーを諦めなくて良かった!!!」
そして、栃木シティのスタッフ、チームメイト、サポーター、ファンへの感謝を伝え、賞金を栃木県の子どもたちのスタジアム招待に使うと表明しています。
▶ Jリーグ公式・田中パウロ淳一選手の月間MVP受賞コメント
松本山雅FCとの契約満了から約2年半。もう一度Jリーグの舞台に立ち、個人賞を受け取るところまで戻ってきたのです。
しかも、本人は自分だけの力で成し遂げたとは語っていません。

あの陽気なパウロ選手が、仲間への感謝を真っ先に伝えているところに、栃木シティで過ごした時間の大きさを感じます。
2026/27シーズンの目標はJ1昇格
2026年6月14日、栃木シティはパウロ選手との契約更新を発表しました。
本人が掲げた次の目標は、J1昇格です。
▶ 栃木シティ公式・2026/27シーズン契約更新のお知らせ
地域リーグからJリーグ復帰を目指していた選手が、今度はJ1を目指しています。
まだ物語は終わっていません。
田中パウロ淳一の面白さはプレーにも表れる
田中パウロ淳一選手を語るうえで、SNSでの発信や愉快なキャラクターは外せません。
ただ、ピッチ上のプレーにも、人を引きつける特徴があります。
2025年2・3月度のJ3月間MVP選考では、トリッキーなドリブルや左足のシュート、アシストの精度が評価されました。
同時に、ピッチ外での発信力がリーグ全体への注目につながっていることも、選考委員から指摘されています。
Jリーグ公式サイト
ドリブルで仕掛け、左足でチャンスを作る
同月のJリーグ公式データによると、パウロ選手は対象期間の7試合でドリブル42回、1得点3アシストを記録しています。
ドリブルで相手に向かっていき、左足でシュートやパスを繰り出す。
だからこそ、オールスターで槙野監督が飛び出して止めた場面も、パウロ選手がドリブルで仕掛けていたところから生まれました。
もちろん、あれはオールスターならではの珍場面です。(笑)
それでも、パウロ選手のプレーを知る入口として、実に印象的なシーンだったと思います。
「面白い選手」だけでは終わらない
2025年のJ3リーグでは、38試合11得点に加え、14アシストを記録しました。
数字を見れば、味方の得点を生み出す役割も担っていたことが分かります。
SNSで注目され、スタジアムではドリブルで観客を沸かせる。
そして、シーズンを通じて結果も残す。
田中パウロ淳一選手の魅力は、その両方が同じ人物の中にあることでしょう。
槙野監督とのタックルをきっかけに興味を持った方には、ぜひ試合中のプレーにも目を向けてほしいと思います。
田中パウロ淳一の成績・経歴に関するQ&A
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 現在の所属チームは? | 2026年9月の執筆時点では栃木シティです。2026/27シーズンの契約更新が発表されています。 |
| 2025年の成績は? | J3リーグで38試合11得点を記録しました。 |
| なぜ松本山雅FCを退団したのですか? | 2022年11月に契約満了が発表されました。クラブは個別の判断理由を公表していません。 |
| 栃木シティにはいつ加入しましたか? | 2023年です。当時は関東サッカーリーグ1部に所属していました。 |
| J3の月間MVPを受賞していますか? | 2025年2・3月度に受賞しています。 |
出典:栃木シティ、松本山雅FC、Jリーグの各公式発表。
まとめ|田中パウロ淳一の数字の裏にある再出発
田中パウロ淳一選手は、2025年のJ3リーグで38試合11得点を記録し、栃木シティのJ2昇格に貢献しました。
しかし、そこに至るまでには、2022年の松本山雅FCとの契約満了と、地域リーグからの再出発がありました。
2023年に栃木シティへ加入し、JFL、J3、J2へとクラブと一緒に階段を上ってきたパウロ選手。
2025年には月間MVPも受賞し、2026/27シーズンはJ1昇格を目標に掲げています。

槙野監督のタックルを見たときは、パウロ選手ならではだなと思いました。
でも、今回その経歴を振り返ってみると、あの場面に登場したパウロ選手が、ずいぶん大きな道のりを歩いてきたことに気づかされます。
面白いだけではない。
実力があるだけでもない。
サッカーを諦めず、もう一度這い上がってきた田中パウロ淳一選手。
次はJ1の舞台で、あのドリブルと笑顔を見せてくれるでしょうか。

その日が来たら、今度は槙野監督にタックルされず、最後まで突破してほしいですね。(笑)


コメント