イングランド・プレミアリーグでプレーする日本人選手は、今では珍しい存在ではなくなりました。
三笘薫のドリブル突破、遠藤航の中盤での献身、冨安健洋がアーセナルで見せた守備力。日本人選手が世界最高峰のリーグで戦う姿を、私たちは当たり前のように目にする時代になりました。
しかし、その歴史を振り返ると、決して平坦な道ではありませんでした。
稲本潤一がイングランドへ渡り、香川真司がマンチェスター・ユナイテッドで優勝を経験し、岡崎慎司がレスター・シティの奇跡を支えた時代。
そして、リーグ戦に出場できないまま、新たな挑戦の場所を求めた選手たちもいました。
この記事では、プレミアリーグでプレーした歴代日本人選手を一覧で紹介するとともに、2000年代から2020年代へ続く挑戦の歴史を振り返ります。
単なる所属クラブや出場記録だけでは見えてこない、日本人選手たちの足跡をたどっていきましょう。
プレミアリーグでプレーした歴代日本人選手一覧
プレミアリーグは1992年に創設されました。
日本人選手が初めてリーグ戦のピッチに立ったのは、2002年のことです。
それ以降、さまざまな選手がイングランドのトップリーグに挑戦してきました。
まずは、歴代日本人選手の所属クラブを振り返ります。
歴代日本人選手の所属クラブと在籍年代
| 選手 | プレミアリーグ所属クラブ | 主な年代 |
|---|---|---|
| 稲本潤一 | アーセナル、フルハム、ウェスト・ブロムウィッチ | 2000年代 |
| 戸田和幸 | トッテナム | 2000年代 |
| 中田英寿 | ボルトン | 2000年代 |
| 宮市亮 | アーセナル、ボルトン、ウィガン | 2010年代 |
| 香川真司 | マンチェスター・ユナイテッド | 2010年代 |
| 吉田麻也 | サウサンプトン | 2010年代 |
| 岡崎慎司 | レスター・シティ | 2010年代 |
| 武藤嘉紀 | ニューカッスル | 2010年代 |
| 南野拓実 | リヴァプール、サウサンプトン | 2020年代 |
| 冨安健洋 | アーセナル | 2020年代 |
| 三笘薫 | ブライトン | 2020年代 |
| 遠藤航 | リヴァプール | 2020年代 |
| 橋岡大樹 | ルートン・タウン | 2020年代 |
| 菅原由勢 | サウサンプトン | 2020年代 |
| 鎌田大地 | クリスタル・パレス | 2020年代 |
| 田中碧 | リーズ・ユナイテッド | 2020年代 |
※年代は主なプレミアリーグ在籍時期を示しています。所属期間が複数年代にまたがる選手もいます。
※2025年以降の所属選手については、年代別記事の制作時点で最新情報を整理します。
出典:プレミアリーグ公式|歴代日本人選手特集(2025年7月8日)
リーグ戦に出場した選手と所属のみの選手の違い
プレミアリーグの歴代日本人選手を調べる際、注意したいことがあります。
それは、クラブに所属したことと、プレミアリーグの公式戦に出場したことは同じではないという点です。
例えば、稲本潤一は2001年にアーセナルへ加入しましたが、同クラブではプレミアリーグのリーグ戦出場がありませんでした。
その後、フルハムでプレミアリーグ初出場を果たしています。
一方、浅野拓磨や板倉滉のように、プレミアリーグのクラブへ加入しながら、期限付き移籍などを経てリーグ戦出場には至らなかった選手もいます。
この記事では、実際にリーグ戦へ出場した選手と、所属経験のみの選手を区別して紹介します。
プレミアリーグ日本人選手の歴史は2000年代から始まった
プレミアリーグ創設以前にもあった日本人選手の挑戦
イングランドのトップリーグが現在のプレミアリーグという形になったのは、1992年のことです。
それ以前にも、日本人選手がイングランドのサッカーへ挑戦したとされる記録があります。
その一人が佐藤昌吉です。
海外の選手データベースには、1991-92シーズンにシェフィールド・ユナイテッドへ所属したという記録があります。
ただし、この所属歴については、クラブの公式資料による確認が取れていません。
仮にこの記録が正しい場合でも、1991-92シーズンはプレミアリーグ創設前にあたります。
そのため、歴代プレミアリーグ出場選手の一覧には含めません。
日本人選手のイングランド挑戦と、プレミアリーグでの日本人選手の歴史は、必ずしも同じ時点から始まっているわけではないのです。
稲本潤一が切り開いたプレミアリーグへの道
日本人選手のプレミアリーグ挑戦を語るうえで、稲本潤一は欠かせません。
2001年、ガンバ大阪からアーセナルへ期限付き移籍した稲本は、大きな注目を集めました。
当時のアーセナルは、アーセン・ヴェンゲル監督が率いる強豪クラブです。
しかし、稲本がそこでプレミアリーグの出場機会を得ることはありませんでした。
転機となったのは、2002年のフルハム移籍です。
2002年8月17日、稲本はプレミアリーグのピッチに立ち、日本人選手の新しい歴史を刻みました。
所属しただけでは終わらず、実際に世界最高峰のリーグでプレーする。
その最初の一歩を記録した選手として、稲本の名前は残っています。
戸田和幸・中田英寿らが続いた2000年代
稲本に続き、2000年代には戸田和幸や中田英寿もプレミアリーグに挑戦しました。
戸田は2003年にトッテナムへ加入しました。
2002年の日韓ワールドカップで見せた激しい守備が印象的だった選手ですが、イングランドでは出場機会が限られました。
中田英寿は2005年、イタリアからボルトンへ期限付き移籍しています。
セリエAで豊富な経験を積んだ中田にとっても、プレミアリーグは新たな挑戦の場所でした。
この時代は、日本人選手がイングランドでプレーすること自体に、大きな意味があった時期だったように思います。
現在のように複数の日本人選手が同じリーグで活躍する時代とは、まだ状況が異なっていました。
2010年代|香川真司・吉田麻也・岡崎慎司が残した足跡
2010年代に入ると、日本人選手のプレミアリーグでの存在感は大きく変わっていきます。
所属することが目標だった時代から、チームの戦力として結果を残す時代へ。
その変化を象徴するのが、香川真司、吉田麻也、岡崎慎司の3人です。
香川真司とマンチェスター・ユナイテッドの優勝
2012年、香川真司はボルシア・ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍しました。
当時のユナイテッドを率いていたのは、アレックス・ファーガソン監督です。
香川は加入初年度の2012-13シーズンにプレミアリーグ優勝を経験しました。
ノリッジ・シティ戦ではハットトリックを記録し、日本人選手として新たな歴史を作っています。
ドルトムントでの成功を経て、イングランドの名門へ。
香川の移籍は、日本人選手が欧州の強豪クラブから評価される時代を象徴する出来事でした。
吉田麻也がサウサンプトンで築いた長いキャリア
香川と同じ2012年にプレミアリーグへ渡ったのが、吉田麻也です。
吉田はサウサンプトンで長くプレーし、センターバックとして経験を積み重ねました。
華やかな得点記録が注目される攻撃的な選手とは違い、守備の選手は評価が数字に表れにくいものです。
それでも、世界各国から選手が集まるプレミアリーグで長期間プレーした事実は、日本人DFの可能性を示すものでした。
吉田の歩みには、継続することの価値が感じられます。
岡崎慎司とレスター・シティの奇跡
そして、2010年代のプレミアリーグを語るなら、岡崎慎司を外すことはできません。
2015年、岡崎はマインツからレスター・シティへ移籍しました。
翌2015-16シーズン、レスターは誰もが予想しなかったプレミアリーグ優勝を成し遂げます。
出典:レスター・シティ公式|岡崎慎司が振り返る2016年の優勝
ジェイミー・ヴァーディーやリヤド・マフレズの得点力が注目される一方、岡崎は前線からの守備や献身的な動きでチームを支えました。

私が岡崎のプレーに感じる魅力は、ゴールだけでは評価できないところにあります。
走る。追う。相手の自由を奪う。
そうした仕事の積み重ねが、レスターの優勝を支えていました。
香川のマンチェスター・ユナイテッドでの優勝とは、また違った物語です。
日本人選手がプレミアリーグで優勝するまでになった2010年代は、大きな転換期だったと感じます。
2020年代|三笘薫・冨安健洋・遠藤航らの新時代
2020年代に入ると、プレミアリーグにおける日本人選手の役割はさらに広がっていきます。
かつてはイングランドのクラブへ移籍すること自体が大きなニュースでした。
しかし、今では日本人選手がチームの中心を担い、対戦相手から警戒される存在になっています。
その変化を象徴するのが、三笘薫、冨安健洋、遠藤航です。
三笘薫が見せた突破力と存在感
2021年、三笘薫は川崎フロンターレからブライトンへ移籍しました。
加入直後はベルギーのユニオン・サン=ジロワーズへ期限付き移籍し、2022-23シーズンからプレミアリーグで本格的にプレーしています。
三笘の魅力といえば、やはりドリブルです。
左サイドでボールを受け、相手DFと向き合う。

一瞬の間合いの変化から縦へ抜け出す姿は、何度見ても期待を抱かせてくれます。
2022-23シーズンにはリーグ戦7得点を記録しました。
それまで日本人選手がプレミアリーグで残してきた得点記録を更新し、攻撃面でも大きな存在感を示しています。
三笘の活躍は、日本人選手がプレミアリーグで攻撃の主役になれることを証明するものでした。
冨安健洋・遠藤航らが挑んだ名門クラブ
2021年、冨安健洋はボローニャからアーセナルへ移籍しました。
センターバックとサイドバックをこなす守備能力に加え、相手の特徴に合わせてプレーを変えられる柔軟性が持ち味です。
負傷に苦しむ時期もありましたが、アーセナルで強豪相手に見せた守備は、日本人DFへの評価をさらに高めました。
そして2023年、遠藤航がシュトゥットガルトからリヴァプールへ加入します。
遠藤はプレミアリーグ移籍時、30歳でした。
若い才能を獲得する移籍とは異なり、ブンデスリーガで積み重ねた経験と実績が評価されての挑戦です。
中盤で相手の攻撃を食い止め、ボールを奪い、味方へつなぐ。
目立つプレーばかりではありませんが、チームに必要な仕事を遂行する姿は、遠藤らしいものでした。
2024-25シーズンにはリヴァプールのプレミアリーグ優勝も経験しています。
香川真司、岡崎慎司、南野拓実に続き、日本人選手が優勝クラブの一員となった歴史が、ここでも受け継がれました。
日本人選手の活躍の場が広がる2020年代
2020年代には、三笘や遠藤だけでなく、南野拓実、橋岡大樹、菅原由勢、鎌田大地、田中碧らもプレミアリーグに挑戦しています。
さらに2026-27シーズンには、鈴木彩艶、前田大然、守田英正、坂元達裕らも日本人選手の歴史に加わりました。
特に注目したいのは、ポジションの広がりです。
攻撃的な選手だけでなく、センターバック、サイドバック、守備的MF、そしてゴールキーパーまで。
日本人選手がプレミアリーグで求められる役割は、多様になっています。
かつてのように「日本人選手がプレミアリーグへ移籍した」というニュースだけでは、驚かなくなった時代。
それは、先人たちが積み重ねてきた挑戦の成果なのかもしれません。
プレミアリーグで優勝した日本人選手は誰?
プレミアリーグで優勝を経験した日本人選手には、香川真司、岡崎慎司、南野拓実、遠藤航がいます。
それぞれの優勝には、異なる背景があります。
| 選手 | 優勝クラブ | 優勝シーズン |
|---|---|---|
| 香川真司 | マンチェスター・ユナイテッド | 2012-13 |
| 岡崎慎司 | レスター・シティ | 2015-16 |
| 南野拓実 | リヴァプール | 2019-20 |
| 遠藤航 | リヴァプール | 2024-25 |
※優勝シーズンに所属し、リーグ戦に出場した日本人選手を掲載しています。
優勝メダルの授与条件とは区別しています。
香川真司とマンチェスター・ユナイテッドの優勝
香川がプレミアリーグ優勝を経験した2012-13シーズンは、アレックス・ファーガソン監督にとって最後のシーズンでもありました。
名将の最後のリーグ優勝を、日本人選手がともに経験したことになります。
岡崎慎司とレスター・シティの奇跡
岡崎が経験した2015-16シーズンの優勝は、プレミアリーグ史に残る大番狂わせでした。
強豪クラブを抑えてレスターが頂点に立った背景には、選手たちの献身的なプレーと組織力がありました。
その中心で走り続けた岡崎の姿は、日本人サポーターの記憶にも深く刻まれています。
南野拓実・遠藤航が経験したリヴァプールの優勝
南野拓実は2020年1月にリヴァプールへ加入し、2019-20シーズンのリーグ優勝を経験しました。
加入直後のため出場機会は限られていましたが、日本人選手がリヴァプールの優勝メンバーに名を連ねたことは大きな出来事でした。
遠藤航は2024-25シーズンに優勝を経験しています。
同じクラブで優勝を経験した二人ですが、加入した時期も役割も異なります。
日本人選手のプレミアリーグ優勝歴を振り返ると、名門クラブへの挑戦、昇格クラブからの躍進、途中加入など、さまざまな道が見えてきます。
プレミアリーグ日本人選手の歴代得点記録
プレミアリーグでの日本人選手の活躍を振り返るうえで、得点記録も欠かせません。
特に攻撃的な選手にとって、世界最高峰のリーグで何点を記録したかは、大きな評価につながります。
日本人選手の歴代最多得点は三笘薫
三笘薫は、ブライトンで日本人選手のプレミアリーグ最多得点記録を更新しました。
従来の日本人選手の得点記録を上回り、2020年代を代表するアタッカーとして存在感を示しています。
一方、岡崎慎司はレスターでの献身的なプレーに加え、得点でもチームに貢献しました。
香川真司もマンチェスター・ユナイテッドでハットトリックを記録しています。
得点数だけを比較すれば、選手の評価を決められるわけではありません。
しかし、プレミアリーグで日本人選手がどのように攻撃面での存在感を高めてきたのか、その歩みを知る手がかりになります。
※三笘薫など現役選手の通算得点数は変動するため、2020年代の年代別記事を制作する際に、集計基準日を明記して最新記録を掲載します。
プレミアリーグに所属したものの出場できなかった日本人選手
プレミアリーグの歴史を語る際、実際にリーグ戦へ出場した選手だけを取り上げると、見えてこない挑戦があります。
日本人選手の中には、プレミアリーグのクラブへ移籍しながら、リーグ戦のピッチに立つことができなかった選手もいました。
| 選手 | 所属クラブ | 主な事情 |
|---|---|---|
| 浅野拓磨 | アーセナル | 労働許可の問題などからドイツへ期限付き移籍 |
| 板倉滉 | マンチェスター・シティ | 加入後、オランダなどへ期限付き移籍 |
| 食野亮太郎 | マンチェスター・シティ | スコットランド、ポルトガルなどへ期限付き移籍 |
| 李忠成 | サウサンプトン | プレミアリーグでの出場なし |
| 川口能活 | ポーツマス | プレミアリーグでの出場なし |
浅野拓磨・板倉滉・食野亮太郎の挑戦
浅野拓磨は2016年にアーセナルへ加入しました。
しかし、労働許可の問題などもあり、イングランドでリーグ戦に出場することなく、ドイツで経験を積む道を歩みました。
板倉滉も2019年にマンチェスター・シティへ加入しましたが、オランダのフローニンゲンへ期限付き移籍しています。
その後、ドイツでも経験を積み、日本代表で存在感を高めました。
食野亮太郎もマンチェスター・シティ加入後、期限付き移籍を重ねています。
この3人に共通するのは、プレミアリーグのクラブへの移籍が、必ずしもプレミアリーグ出場に直結しなかったことです。
出場記録だけでは語れない海外挑戦
リーグ戦出場0試合という数字だけを見ると、挑戦が実らなかったように感じるかもしれません。
しかし、実際には期限付き移籍先で経験を積み、その後のキャリアにつなげた選手もいます。
プレミアリーグのクラブが日本人選手を獲得することには、即戦力としての評価だけでなく、将来性への期待も含まれています。
その意味で、所属のみの選手たちも、日本人選手のイングランド挑戦史の一部なのです。
ブンデスリーガからプレミアリーグへ渡った日本人選手たち
日本人選手の海外挑戦を振り返ると、ブンデスリーガとプレミアリーグの間には深いつながりがあります。
ドイツで実績を積み、イングランドの強豪クラブへ移籍する。
その道を歩んだ選手たちは、日本人選手の欧州での評価を高めてきました。
香川真司・岡崎慎司に見るキャリアの転機
香川真司はドルトムントでブンデスリーガ優勝を経験し、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍しました。
岡崎慎司もシュトゥットガルト、マインツで経験を積んだ後、レスター・シティへ加入しています。
武藤嘉紀もマインツからニューカッスルへ渡りました。
遠藤航はシュトゥットガルトで主将を務め、30歳でリヴァプールへの移籍を実現しています。
それぞれ移籍の背景は異なりますが、ブンデスリーガでの経験がプレミアリーグへの挑戦につながった点は共通しています。
ドイツとイングランド、二つのリーグで残した足跡
ブンデスリーガとプレミアリーグでは、試合のテンポや求められるプレー、クラブの競争環境などに違いがあります。
その中で日本人選手たちは、それぞれの持ち味を生かしてきました。
香川の技術、岡崎の運動量、武藤の前線でのプレー、遠藤の球際の強さ。
一人ひとりの歩みをたどると、欧州の異なるリーグで挑戦を続けてきた日本人選手の歴史が見えてきます。
ブンデスリーガでの日本人選手の挑戦については、別記事でも年代別に振り返っています。
まとめ|プレミアリーグで受け継がれる日本人選手の挑戦
2002年、稲本潤一がフルハムでプレミアリーグのピッチに立ってから、日本人選手の歴史は大きく変わりました。
戸田和幸や中田英寿が挑戦した2000年代。
香川真司が名門マンチェスター・ユナイテッドで優勝し、吉田麻也が長くプレーを続け、岡崎慎司がレスターの奇跡を支えた2010年代。
そして、三笘薫、冨安健洋、遠藤航らが新たな可能性を示した2020年代。
それぞれの時代に、それぞれの挑戦がありました。

私が特に印象深く感じるのは、岡崎慎司のレスター優勝です。
世界的なスター選手が集まる強豪クラブではなく、チーム全員が走り、戦い、力を合わせて頂点に立った姿。
そこに日本人選手が欠かせない存在としていたことは、今でも特別な記憶として残っています。
出典:プレミアリーグ公式|ラニエリ監督が実現したレスター優勝の戦術
しかし、プレミアリーグでの日本人選手の歴史は、優勝や得点だけでは語れません。
出場機会を得られなかった選手も、期限付き移籍先で経験を積んだ選手も、それぞれの形で海外挑戦を続けてきました。
そうした積み重ねの先に、現在の日本人選手たちがいます。
これから先、どのような選手がプレミアリーグの歴史に名前を刻んでいくのでしょうか。
その歩みを、これからも見届けていきたいと思います。


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