今回のエクアドル戦も、新しい選手が起用されるとあって、とても注目していました。
その一人が、先発に名を連ねた谷村海那です。
横浜F・マリノスでゴールを重ね、日本代表までたどり着いたFWですが、そのキャリアを振り返ると、最初から華やかな舞台を歩いてきた選手ではありません。
国士舘大学を経て、プロとしてのスタート地点となったのはいわきFC。
まだクラブがJFLを戦っていた時代です。
そこからJ3、J2、そしてJ1へ。
一つずつカテゴリーを上がってきた谷村海那が、今度は日本代表のユニフォームを着て先発のピッチに立っていました。
エクアドル戦では前半45分で交代となりましたが、31分にはヘディングでゴールを狙い、その2分後にも左足で決定機を迎えています。
今回は、その45分を現在地として、谷村海那がこれまで残してきた成績と、JFLから日本代表まで続いてきた歩みを振り返ります。
谷村海那の成績|JFLからJ1、日本代表まで駆け上がった数字
谷村海那の経歴を見ていて、まず目を引くのはカテゴリーの上がり方です。
横浜F・マリノス公式が日本代表選出時に公表した2026年9月17日時点の成績は、JFL30試合7得点、J3で29試合6得点、J2で101試合33得点、J1で22試合12得点。
さらにJ1百年構想リーグでは19試合10得点を記録しています。
数字を並べるだけでも、歩いてきた道がそのまま見えてくるようです。
JFLからいきなりJ1へ引き抜かれたわけではありません。
JFLでプレーし、J3を経験し、J2で結果を残し、そしてJ1へ。
その先に日本代表がありました。
特に大きかったのが、2024年のJ2です。
いわきFCで38試合に出場して18得点。
J2ベストイレブンにも選ばれました。
2025年もいわきで得点を重ね、シーズン途中に横浜F・マリノスへ完全移籍します。
そこで勢いが止まらなかったことが、さらに印象的です。
2025年のJ1では15試合6得点。2026年に入ってからもゴールを積み重ね、ついに日本代表へたどり着きました。
カテゴリーが上がるたびに相手のレベルも上がります。
それでも得点を続けてきたこと。
それが谷村海那というFWを語るうえで、何より分かりやすい成績なのではないでしょうか。
谷村海那はなぜ日本代表までたどり着けたのか
谷村海那は岩手県出身です。
グルージャ盛岡ジュニア、大宮中学校、花巻東高校、国士舘大学を経て、2020年にいわきFCへ加入しました。
当時のいわきはJリーグのクラブではありません。
JFLです。
谷村自身も、日本代表に初選出された際のコメントで「いわきFCがJFL時代の時から、一つひとつカテゴリーを上がってここまで来ました」と振り返っています。

キャリアの長い選手なんだと思いました。
2020年からいわきFCでプレーし、JFLでは通算30試合7得点。
クラブがJ3へ昇格すると、2022年には29試合6得点を記録しました。
さらにJ2へ上がり、2023年は41試合7得点。
そして2024年、一気に18得点まで数字を伸ばします。
谷村だけがカテゴリーを駆け上がったのではありません。
いわきFCと一緒に上がってきたのです。
その時間があったからこそ、谷村の「一つひとつカテゴリーを上がって」という言葉には重みがあります。
エクアドル戦で初先発|谷村海那が日本代表で見せた45分
2026年10月1日のエクアドル戦。
谷村海那は1トップでA代表初先発を果たしました。
しかも会場は横浜国際総合競技場。
横浜F・マリノスのホームスタジアムです。
前半31分にはチャンスが訪れます。
右サイドからのクロスに対し、相手DFの前へ入ってヘディングシュート。
ボールは惜しくも枠を越えました。
さらに33分には、自らのポストプレーを起点に攻撃が展開され、中村敬斗からの折り返しを左足でシュート。
こちらは相手GKに阻まれます。
前線で身体を張りながら、ゴール前にも入っていく。
得点こそありませんでしたが、その実力が垣間見ることができたと言えるでしょう。
サッカーダイジェストの採点は5.5。
「プレーは悪くなかった」としながら、31分のヘディングを決め切れなかった点が惜しまれています。
ハーフタイムには上田綺世と交代しました。
ただ、試合後の谷村本人は周囲の評価よりもずっと厳しく、自分のプレーを見ていました。
「自分のできないことだらけで、悔しい1試合だったかなと思います」
初先発できたことを喜ぶより、世界を相手にして何が足りなかったのかを感じている。

JFLから一つずつ上がってきた選手らしい言葉にも聞こえました。
谷村海那の移籍|いわきFCから横浜F・マリノスへ
谷村海那にとって大きな転機となったのが、2025年7月の横浜F・マリノスへの完全移籍です。
2025年シーズンも、いわきFCではJ2で得点を重ねていました。
そしてシーズン途中、ついにJ1へ挑戦することになります。
JFLから始まり、J3、J2。
いわきFCとともに階段を上がってきた谷村にとって、初めてクラブを離れて挑むJ1でした。
移籍した2025年は横浜F・マリノスでJ1リーグ15試合6得点。
2026年9月の日本代表選出時点では、J1通算22試合12得点まで伸ばしていました。
「J2で点を取れるFW」から「J1でも点を取れるFW」へ。
この変化が、日本代表への扉を開いた大きな理由の一つだったのでしょう。
谷村海那のプレースタイル|ゴール前に入っていく強さ
谷村海那のプレーを見ていると、ゴール前で仕事をするための動きが印象に残ります。
エクアドル戦の31分もそうでした。
クロスが上がってから待つのではなく、相手DFの前へ入り、ニアでヘディングに持ち込んでいます。
そして、その直後にはポストプレーから攻撃をつなぎ、自分自身も再びゴール前へ入ってシュートまで持っていきました。
点を取るだけではなく、前線で身体を張って攻撃の起点にもなる。
現在の横浜F・マリノス公式プロフィールでは183cm、81kg。前線で相手DFと競り合えるサイズもあります。
いわきFCではMFとして登録されていた時期もありましたが、その後はFWとして得点力を伸ばしました。
2023年のJ2では7得点だった選手が、翌2024年には18得点。
この伸び方を見ると、ゴールを奪う選手としてキャリアの中で進化してきたことが分かります。
谷村海那の高校・大学時代|花巻東から国士舘大学へ
谷村海那は岩手県で育ちました。
グルージャ盛岡ジュニアから盛岡市立大宮中学校へ進み、その後は花巻東高校でプレーしています。
高校卒業後は国士舘大学へ進学しました。
そして大学卒業後の2020年、いわきFCへ加入します。
ここから現在までの所属クラブは、いわきFCと横浜F・マリノスの2クラブだけです。
JFL、J3、J2という3カテゴリーをいわきで経験し、J1で横浜F・マリノスへ。
所属クラブの数だけを見ると決して多くありません。
それなのに、経験してきたカテゴリーは驚くほど幅広い。
谷村海那の経歴の面白さは、そこにもあると思います。
谷村海那のよくある質問
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 谷村海那は何歳ですか? | 1998年3月5日生まれです。2026年10月現在、28歳です。 |
| 谷村海那の兄は誰ですか? | 谷村憲一さんです。サッカー選手としてプレーした経歴があります。 |
| 谷村海那は日本代表に選ばれましたか? | はい。2026年9月に日本代表へ選出され、10月1日のエクアドル戦では先発出場しました。 |
| 谷村海那はどこの高校出身ですか? | 岩手県の花巻東高校です。その後、国士舘大学へ進学しました。 |
| 谷村海那はどこに移籍しましたか? | 2025年7月にいわきFCから横浜F・マリノスへ完全移籍しました。 |
| 谷村海那のポジションは? | 主にFWです。横浜F・マリノスでも前線でプレーしています。 |
谷村海那の現在|JFLから始まったキャリアは日本代表へ
エクアドル戦で谷村海那が先発すると知ったとき、私は新しい代表選手を見られることを楽しみにしていました。
結果は前半45分で交代。
ゴールもありませんでした。
それでも、試合を見終えてから谷村の経歴を振り返ると、この45分の見え方が少し変わってきます。
2020年、谷村海那がプレーしていた舞台はJFLでした。
そこからJ3へ行き、J2へ行き、J1へ行きました。
そして2026年10月1日、日本代表の1トップとしてエクアドル代表と向き合っています。
本人は試合後、「できないことだらけ」と悔しがりました。
おそらく、だからここまで来られたのでしょう。
一つ上のカテゴリーへ行けば、そこで足りないものを知る。
また上へ行けば、新しく足りないものが見つかる。
それを繰り返して、JFLから日本代表まで来ました。

エクアドル戦の45分も、谷村海那にとってはゴールではなく、また次の階段なのかもしれません。
次に代表のピッチで見るとき、この45分で感じた「できないこと」がどう変わっているのか。
私はそこを楽しみに見てみたいと思います。


コメント