旗手怜央の成績と現在|バーンリー初ゴールと鹿島移籍説、日本代表への道

シャーロック・ホームズ姿の旗手怜央と、背景に描かれたセルティック時代の古橋亨梧とのプレーシーン。旗手怜央の成績と現在を紹介するアイキャッチ画像 26-27 プレミアリーグ

2026年10月10日、イングランド2部チャンピオンシップのワトフォード戦で、旗手怜央選手が待望の移籍後初ゴールを決めました。

しかも、この日はゴールだけではありません。

先制点をアシストし、バーンリーの4-0の勝利に貢献しています。

川崎フロンターレで頭角を現し、スコットランドのセルティックで数々のタイトルを獲得した旗手選手。

2026年夏には鹿島アントラーズへの移籍説も浮上しましたが、新たな挑戦の舞台に選んだのはイングランドでした。

そんな旗手選手について、私には忘れられない光景があります。
セルティック時代、旗手選手がボールを持つと、その先には古橋亨梧選手がいる。

日本代表での姿ももちろん印象に残っていますが、私が真っ先に思い浮かべるのは、緑と白のユニフォームを着た二人のコンビネーションです。

今回は、旗手怜央選手のこれまでの成績と現在の活躍を振り返りながら、セルティックでの記憶、鹿島移籍説、そして日本代表への可能性を追っていきます。

旗手怜央の成績|川崎からセルティック、バーンリーまで

旗手怜央選手は、静岡学園高校から順天堂大学を経て、川崎フロンターレでプロとしてのキャリアをスタートさせました。

川崎では2020年、2021年のJ1リーグ連覇を経験。

その後、2022年1月にセルティックへ移籍し、スコットランドで活躍を続けました。

そして2026年9月、バーンリーへ完全移籍しています。

旗手怜央のシーズン別リーグ戦成績

※国内リーグ戦のみ。2026-27シーズンは10月10日終了時点。

数字を見ると、2024-25シーズンにセルティックでリーグ戦10得点を記録していることが目を引きます。

旗手選手は中盤の選手ですが、パスを供給するだけではなく、自らゴール前に進入して得点する力も持っています。

川崎時代から複数のポジションを経験してきたことも特徴です。

特定の役割だけに収まらない攻撃力が、旗手選手の魅力といえるでしょう。

旗手怜央の現在|バーンリー初ゴールで今季初勝利に貢献

2026年10月10日、チャンピオンシップ第9節。

バーンリーは敵地でワトフォードと対戦しました。

開幕から8試合を終えて4分4敗。まだリーグ戦で勝利を挙げられていなかったバーンリーにとって、結果が欲しい一戦でした。

その試合で大きな仕事をしたのが旗手選手です。

前半13分、先制ゴールをアシスト

旗手選手は、相手選手と味方選手が競り合ったこぼれ球を素早く回収しました。

そこからペナルティーエリア内へパスを送り、ジェイコブ・ブルーン・ラーセン選手の先制ゴールを演出します。

ゴール前での判断の速さと、味方を生かすプレーが光りました。

前半25分、待望の移籍後初ゴール

さらに前半25分、旗手選手はペナルティーエリア内でパスを受けると、右足を振り抜きました。

正確にコントロールされたシュートは、ゴール右側へ。

バーンリー加入後、初めてのゴールです。

チームはその後も得点を重ね、4-0で快勝しました。旗手選手はフル出場し、1ゴール1アシストで今季初勝利に貢献しています。

英BBCがプレイヤー・オブ・ザ・マッチに選出

この活躍は現地でも高く評価されました。

英BBCは旗手選手に8.76というチーム最高評価を与え、プレイヤー・オブ・ザ・マッチに選出しています。

1ゴール1アシストという数字だけでも十分な活躍ですが、チームが待ち望んでいた初勝利につながったことに、さらに大きな意味があります。

SNSでも、旗手選手のゴールを喜ぶ声や、日本代表での再活躍を期待する声が上がりました。

新しいクラブで自分の存在を示した、印象的な一戦となりました。

旗手怜央と古橋亨梧|セルティックで輝いた二人のコンビネーション

私が旗手怜央選手と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、日本代表のユニフォーム姿ではありません。

セルティックの緑と白のユニフォームを着た旗手選手です。
旗手がボールを持てば、その先には古橋がいる。
そんな光景が、今でも強く記憶に残っています。

旗手選手が前を向いてボールを持つと、古橋亨梧選手が相手の最終ラインの背後へ走り出す。

そして、その動きに合わせてパスが送り込まれる。

二人の間には、パスが出る前から次のプレーが見えているような感覚がありました。

「まず最前線にいる亨梧くんを見る」

この印象が、単なる私の思い込みではなかったことを、旗手選手自身の言葉が教えてくれました。

2023年1月25日公開の『web Sportiva』のインタビューで、旗手選手はボールを持った際の意識について、こう語っています。

2022年12月28日のハイバーニアン戦では、旗手選手のパスから古橋選手がゴールを決めました。

旗手選手は、それまでにも何度も似たようなパスを狙っていたことを明かしています。

ようやく結果につながったアシストだったのです。

出典:web Sportiva|旗手怜央が語る古橋亨梧へのパス

ピッチ上で積み重ねた二人の意思疎通

二人のコンビネーションは、単に息が合っていたというだけではありません。

旗手選手は2023年6月のインタビューで、試合中に古橋選手へのパスがずれたときには、プレーの合間に話し合っていたことも明かしています。

どのタイミングで、どこにパスが欲しかったのか。

そうした確認を繰り返し、次のプレーに生かしていたのです。

2023年2月26日のスコティッシュリーグカップ決勝、レンジャーズ戦でも、旗手選手は古橋選手の得点をアシストしました。

さらに5月7日のハーツ戦、5月20日のセント・ミレン戦でも、二人の連係が得点につながっています。

古橋選手の動き出しが素晴らしいのはもちろんですが、その動きを見つけてボールを届ける旗手選手の存在も大きかったと思います。

古橋が見えなかったことを悔やんだ旗手

もう一つ、忘れられない本人の言葉があります。

2023年10月のインタビューで、旗手選手はチャンピオンズリーグのフェイエノールト戦を振り返りました。

自らシュートを選択した場面で、実は古橋選手がパスを受けられる位置へ走り込んでいたのです。

ところが、旗手選手にはその動きが見えていませんでした。

試合後に映像を確認し、パスという選択肢に気づけなかったことを悔やんでいます。

旗手選手にとって、古橋選手の動きを見つけることは、それほど大切なプレーだったのでしょう。

今はもう、二人がセルティックで同じユニフォームを着てプレーすることはありません。

それでも、旗手選手が前を向いてボールを持った瞬間、私は今でもその先に古橋選手の姿を探してしまいます。

バーンリーでの初ゴールとアシストを見て、あの頃の記憶がよみがえりました。

旗手怜央の鹿島移籍説|恩師・鬼木達監督との再会は実現せず

2026年夏、旗手選手の去就をめぐって、鹿島アントラーズの名前が浮上しました。

6月には、鹿島が旗手選手の獲得に関心を持っているとする報道が出ています。

この話題が注目された理由の一つが、鹿島を率いる鬼木達監督の存在です。

川崎フロンターレ時代の恩師・鬼木達監督

旗手選手は川崎フロンターレでプロ生活をスタートさせ、鬼木監督のもとで成長しました。

2020年と2021年にはJ1リーグ連覇を経験しています。

川崎時代の旗手選手は、攻撃的なポジションだけでなく、サイドバックでも起用されました。

その経験は、現在の幅広いプレーにもつながっています。

2024年12月の『web Sportiva』では、旗手選手が鬼木監督との思い出を振り返っています。

当時、サイドバックでの起用に対して率直に自分の考えを伝えたエピソードも紹介されていました。

それでも旗手選手は、欧州でプレーできているのは鬼木監督との出会いがあったからだと語っています。

出典:web Sportiva|旗手怜央が語る鬼木達監督との思い出

鹿島移籍の噂からイングランドへの挑戦へ

2024年12月、鬼木監督は鹿島アントラーズの監督に就任しました。

その後、2026年夏に旗手選手の鹿島移籍説が報じられたことで、かつての師弟関係が再び注目されたのです。

ただし、鹿島から正式なオファーがあったのか、具体的な交渉がどこまで進んでいたのかについては、確認できる情報が限られています。

旗手選手が鹿島への移籍を断ったと断定することはできません。

最終的に旗手選手が選んだのは、イングランドのバーンリーでした。

川崎時代の恩師との再会は実現しませんでしたが、28歳で新たな環境に飛び込んだ旗手選手。

その挑戦が、10月10日の初ゴールにつながっています。

旗手怜央のポジションとプレースタイル|攻守に関わる万能型MF

旗手選手の主戦場は中盤です。

しかし、川崎時代にはサイドバックでもプレーしており、セルティックでも複数の役割を担ってきました。

単に器用な選手というだけではなく、どのポジションでも攻撃に関わろうとする姿勢が特徴です。

前を向いた瞬間に攻撃が始まる

私が旗手選手のプレーで特に好きなのは、ボールを受けてから前を向くまでの動きです。

相手のプレッシャーを受けながらも、身体を入れ替えて前方のスペースを見つける。

そこから縦パスを送り込んだり、自らドリブルで運んだりします。

2023年のスコティッシュリーグカップ決勝でも、旗手選手は相手のプレッシャーに耐えて前を向いたことが、古橋選手の得点につながったと振り返っています。

あのセルティック時代のコンビネーションは、旗手選手のこうした技術があってこそ生まれたものだったと思います。

パスだけではなく自分でも決められる

もう一つの魅力は、得点力です。

2024-25シーズンにはセルティックでリーグ戦10得点を記録しました。

そしてバーンリーでの初ゴールも、ペナルティーエリア内に進入し、右足で正確に仕留めたものでした。

中盤から攻撃を組み立てるだけでなく、最後は自分で決めることもできます。

パスの出し手にも、ゴールを奪う選手にもなれる。

この幅広さが、旗手選手の大きな武器です。

旗手怜央は日本代表に復帰できる?森保ジャパンでの現在地

旗手選手は2022年3月29日のベトナム戦で、日本代表として国際Aマッチデビューを果たしました。

その後も代表に招集され、2024年のAFCアジアカップにも出場しています。

しかし、クラブでの活躍に比べると、日本代表では継続的な出場機会を確保できていません。

2026年のワールドカップでも代表メンバーには選ばれませんでした。

日本代表の中盤には激しい競争がある

日本代表の中盤には、守田英正選手、鎌田大地選手など、それぞれに特徴を持った選手たちがいます。

旗手選手が代表で出場機会を増やすには、クラブでの活躍に加え、代表の戦い方の中で自分の特徴をどう生かせるかが重要になります。

もちろん、代表に選ばれる理由や選ばれない理由は、単純に所属クラブでの成績だけでは説明できません。

監督が求める役割やチーム全体のバランスも関係するからです。

バーンリーでの活躍は新たなアピールになる

そんな中、ワトフォード戦での1ゴール1アシストは、旗手選手にとって大きな結果でした。

イングランドに移籍して間もない時期に、チームの今季初勝利に貢献したのです。

試合後には、SNSでも日本代表でのプレーを期待する声が上がっています。

私も、もう一度日本代表の旗手選手を見たいと思います。

ただ、代表復帰だけを旗手選手の成功の基準にする必要はないとも感じています。

まずはバーンリーで出場を重ね、チームに欠かせない存在になること。

その先に、日本代表への道が再び開けるかもしれません。

旗手怜央についてよくある質問

旗手選手について、Web上で確認できる関連検索の中から、経歴や背番号などの疑問をまとめました。

まとめ|旗手怜央の新たな挑戦は始まったばかり

2026年10月10日、旗手怜央選手はバーンリーで待望の初ゴールを決めました。

1ゴール1アシストを記録し、チームの今季初勝利に貢献しています。

川崎フロンターレで鬼木達監督の指導を受け、セルティックでは数々のタイトルを獲得しました。

2026年夏には鹿島移籍説も浮上しましたが、新たな挑戦の舞台となったのはイングランドです。

そして私の中には、今でもセルティック時代の旗手選手がいます。

旗手がボールを持つ。

その先には、古橋がいる。

あの二人のコンビネーションは、何年たっても忘れられそうにありません。

今、旗手選手の前にいるのは、古橋選手ではなくバーンリーの新しい仲間たちです。

それでも、ボールを受けて前を向き、味方の動きを見つける旗手選手のプレーは変わりません。

ワトフォード戦で見せたゴールとアシストは、そのことを思い出させてくれました。

新しい仲間たちと、今度はどんなゴールを生み出してくれるのでしょうか。

バーンリーでの旗手怜央選手の挑戦を、これからも楽しみにしています。

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