2020年代のブンデスリーガを振り返ると、日本人選手の存在が特別なニュースではなくなってきたことに気づきます。
かつては、日本人選手がドイツへ渡るだけでも大きな話題になりました。
しかし、2020年代は違います。
遠藤航がシュトゥットガルトの主将を務め、鎌田大地がフランクフルトで欧州の舞台を戦い、堂安律がフライブルクの攻撃を支えました。
さらに、伊藤洋輝、佐野海舟、町野修斗、鈴木唯人らが続き、2026-27シーズンには新たな顔ぶれも登場しています。
この記事では、2020-21シーズンから2026-27シーズンまでの日本人選手の歩みを、ブンデスリーガ1部での出場実績を中心に振り返ります。
なお、2026-27シーズンの情報は、原則として2026年10月31日時点のものです。
- 2020年代のブンデスリーガで日本人選手はどう変わった?
- 2020-21シーズン|遠藤航、鎌田大地、堂安律が存在感を示す
- 2021-22シーズン|日本人8人が出場、シュトゥットガルトの残留劇
- 2022-23シーズン|堂安律のフライブルク移籍と日本人選手の広がり
- 2023-24シーズン|長谷部誠の最後のシーズン
- 2024-25シーズン|町野修斗と佐野海舟、新たな主力の登場
- 2025-26シーズン|日本人選手の層がさらに厚くなる
- 2026-27シーズン|日本人選手の新しい挑戦が始まる
- ブンデスリーガ1部に所属しても、出場できなかった日本人選手
- 2020年代の日本人選手が残したもの
- よくある質問
- まとめ|2020年代は、日本人選手がドイツで戦うことが当たり前になった時代
2020年代のブンデスリーガで日本人選手はどう変わった?
2020年代の特徴は、単に日本人選手が増えたことではありません。
チームの中心を担う選手が現れ、その活躍を見た次の世代が、さらにドイツへ渡るようになったことです。
遠藤航は中盤でチームを支え、鎌田大地は攻撃の組み立てと得点に関わりました。
堂安律は複数のクラブで実績を積み、伊藤洋輝はシュトゥットガルトで評価を高めた後、バイエルンへ移籍しています。
一方で、出場機会を十分に得られなかった選手もいます。
ドイツへ渡ったことと、ブンデスリーガ1部で活躍したことは、同じではありません。
だからこそ、今回の歴史記事では所属歴とリーグ戦出場歴を分けて整理します。
2020-21シーズン|遠藤航、鎌田大地、堂安律が存在感を示す
このシーズンを象徴するのは、すでにドイツで経験を重ねていた選手たちです。
シュトゥットガルトの遠藤航は、中盤で相手の攻撃を止め、ボールを奪い、チームを前進させる役割を担いました。
フランクフルトでは鎌田大地が攻撃面で存在感を示し、長谷部誠もベテランとしてチームを支えています。
堂安律はPSVからビーレフェルトへ期限付き移籍し、ブンデスリーガで経験を積みました。
この時期の日本人選手は、若手の挑戦者だけではありません。
クラブから具体的な役割を与えられ、その役割を果たすことが期待される存在になっていました。
2020-21シーズンの主な日本人選手
| 選手 | 所属クラブ |
|---|---|
| 長谷部誠 | フランクフルト |
| 鎌田大地 | フランクフルト |
| 遠藤航 | シュトゥットガルト |
| 大迫勇也 | ブレーメン |
| 堂安律 | ビーレフェルト |
| 奥川雅也 | ビーレフェルト |
| 遠藤渓太 | ウニオン・ベルリン |
奥川雅也はシーズン途中からビーレフェルトに加わり、1部でのキャリアをスタートさせました。
2021-22シーズン|日本人8人が出場、シュトゥットガルトの残留劇
2021-22シーズンには、ブンデスリーガ1部で日本人選手8人の出場を確認できます。
| 選手 | 所属クラブ |
|---|---|
| 長谷部誠 | フランクフルト |
| 鎌田大地 | フランクフルト |
| 遠藤航 | シュトゥットガルト |
| 伊藤洋輝 | シュトゥットガルト |
| 原口元気 | ウニオン・ベルリン |
| 遠藤渓太 | ウニオン・ベルリン |
| 浅野拓磨 | ボーフム |
| 奥川雅也 | ビーレフェルト |
このシーズンで忘れられないのは、シュトゥットガルトの残留争いです。
遠藤航はキャプテンとしてチームを率い、最終節のケルン戦では後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決めました。
土壇場での勝利によって、シュトゥットガルトは1部残留を決めています。
出典:VfBシュトゥットガルト公式|2022年5月14日 ケルン戦・1部残留決定の試合レポート
そこには、同じ日本人の伊藤洋輝もいました。

しかも、この決勝ゴールには伊藤洋輝も関わっていました。
コーナーキックを伊藤が頭でつなぎ、遠藤航がゴールへ押し込んだのです。
日本人選手二人が生み出した得点で、シュトゥットガルトは1部残留を決めました。
海外リーグに挑戦する日本人選手の物語は、華やかな優勝や移籍だけではありません。
クラブの命運がかかった試合で、最後の最後に結果を残す。
遠藤航のあのゴールは、2020年代の日本人選手を語るうえで外せない場面です。
また、フランクフルトの鎌田大地と長谷部誠は、UEFAヨーロッパリーグ優勝を経験しました。
国内リーグで積み重ねてきた経験が、欧州の舞台で実を結んだシーズンでもあります。
2022-23シーズン|堂安律のフライブルク移籍と日本人選手の広がり
2022-23シーズンには、堂安律がフライブルクへ加入しました。
PSVやビーレフェルトでの経験を経て、ドイツで再び挑戦することになります。
同じシーズンには、吉田麻也がシャルケでプレーしました。
プレミアリーグで長く経験を積んだ日本代表DFが、ドイツの名門クラブで新たな挑戦を始めたことも印象的です。
板倉滉はボルシアMGでプレーし、浅野拓磨はボーフムで攻撃を担いました。
2022-23シーズンの日本人選手
| 選手 | 所属クラブ |
|---|---|
| 長谷部誠 | フランクフルト |
| 鎌田大地 | フランクフルト |
| 遠藤航 | シュトゥットガルト |
| 伊藤洋輝 | シュトゥットガルト |
| 原口元気 | ウニオン・ベルリン/シュトゥットガルト |
| 堂安律 | フライブルク |
| 浅野拓磨 | ボーフム |
| 板倉滉 | ボルシアMG |
| 吉田麻也 | シャルケ |
| 上月壮一郎 | シャルケ |
この頃には、日本人選手の所属クラブも役割も多様になっていました。
守備の中心になる選手、攻撃の起点になる選手、得点を狙う選手。
「日本人選手」というひとくくりでは、それぞれの特徴を語りきれなくなってきた時期です。
2023-24シーズン|長谷部誠の最後のシーズン
2023-24シーズンは、日本人選手の歴史にとって大きな節目となりました。
長谷部誠が現役生活に区切りをつけたからです。
2008年にヴォルフスブルクへ加入した長谷部は、ニュルンベルクを経てフランクフルトで長くプレーしました。
2023-24シーズンの最終節、RBライプツィヒ戦が現役最後のブンデスリーガ出場となっています。
2008-09シーズンにはヴォルフスブルクでリーグ優勝も経験しました。
日本人選手がドイツで長く活躍できることを、そのキャリア全体で示した存在でした。
2023-24シーズンの日本人選手と出場数
| 選手 | 所属クラブ | リーグ戦出場 |
|---|---|---|
| 堂安律 | フライブルク | 30試合 |
| 浅野拓磨 | ボーフム | 29試合 |
| 伊藤洋輝 | シュトゥットガルト | 26試合 |
| 板倉滉 | ボルシアMG | 20試合 |
| 長谷部誠 | フランクフルト | 8試合 |
| 福田師王 | ボルシアMG | 5試合 |
| 奥川雅也 | アウクスブルク | 2試合 |
| 原口元気 | シュトゥットガルト | 2試合 |
国籍別統計には日本人選手11人が掲載されていますが、今回の照合で1部リーグ戦への出場を確認できたのは8人です。
残る3人のうち、福井太智とチェイス・アンリはリーグ戦未出場でした。もう1人については、参照した記録から特定できませんでした。
そのため、上の表は1部リーグ戦の出場を確認できた8人の一覧として掲載しています。
2024-25シーズン|町野修斗と佐野海舟、新たな主力の登場
2024-25シーズンには、町野修斗と佐野海舟の活躍が目立ちました。
町野はホルシュタイン・キールで、ブンデスリーガ1部初挑戦のシーズンを迎えました。
チームは降格しましたが、町野自身はリーグ戦32試合で11得点を記録しています。
クラブの結果と個人の評価が、必ずしも一致しないことを示したシーズンでした。
一方、マインツの佐野海舟は中盤で存在感を高めていきました。
攻撃的な選手が注目を集めやすい海外サッカーですが、相手の攻撃を防ぎ、味方のプレーを支える選手も欠かせません。
遠藤航がシュトゥットガルトで担っていた役割を思い出すと、佐野の活躍にも日本人選手の新しいつながりを感じます。
出典:ブンデスリーガ公式|町野修斗のボルシアMG移籍とキール時代の成績
2024-25シーズンの主な日本人選手
| 選手 | 所属クラブ |
|---|---|
| 堂安律 | フライブルク |
| 町野修斗 | ホルシュタイン・キール |
| 佐野海舟 | マインツ |
| 板倉滉 | ボルシアMG |
| 伊藤洋輝 | バイエルン |
| チェイス・アンリ | シュトゥットガルト |
| 三好康児 | ボーフム |
| 福田師王 | ボルシアMG |
伊藤洋輝はバイエルンへ移籍し、日本人DFとして新たなステージに進みました。
ただし、負傷の影響もあり、移籍直後から順調に出場を重ねられたわけではありません。
海外の強豪クラブへ移籍することは大きな成果ですが、そこで試合に出続けることは、また別の難しさを伴います。
2025-26シーズン|日本人選手の層がさらに厚くなる
2025-26シーズンには、ドイツへ渡る日本人選手がさらに増えました。
ブンデスリーガ公式は、シーズン後半に1部クラブへ所属する日本人選手が15人になったと紹介しています。
ただし、この15人は所属人数であり、全員がリーグ戦に出場したという意味ではありません。
今回、1部リーグ戦の出場を確認した選手は13人です。
2025-26シーズンの日本人出場選手
| 選手 | 所属クラブ | リーグ戦出場 |
|---|---|---|
| 佐野海舟 | マインツ | 34試合 |
| 町野修斗 | ボルシアMG | 32試合 |
| 藤田譲瑠チマ | ザンクト・パウリ | 32試合 |
| 菅原由勢 | ブレーメン | 31試合 |
| 堂安律 | フランクフルト | 31試合 |
| 鈴木唯人 | フライブルク | 25試合 |
| 伊藤洋輝 | バイエルン | 16試合 |
| 安藤智哉 | ザンクト・パウリ | 15試合 |
| 塩貝健人 | ヴォルフスブルク | 12試合 |
| 川崎颯太 | マインツ | 10試合 |
| 高井幸大 | ボルシアMG | 8試合 |
| 原大智 | ザンクト・パウリ | 4試合 |
| 町田浩樹 | ホッフェンハイム | 1試合 |
出場数はシーズン終了時点。小杉啓太、神代慶人は2025-26シーズンの1部リーグ戦未出場として、この表には含めていません。
このシーズンには、藤田譲瑠チマがザンクト・パウリで主力としてプレーしました。
鈴木唯人もフライブルクへ加入し、リーグ戦25試合で4得点を記録しています。
一方、町田浩樹はホッフェンハイムでのブンデスリーガデビュー戦で大きな負傷に見舞われました。
新しい環境で挑戦を始めた選手がいる一方、負傷やチームの降格によって次のシーズンを迎える環境が変わった選手もいます。
日本人選手が増えたからといって、全員が順調なキャリアを歩めるわけではありません。
それでも、ドイツの1部リーグで日本人選手がさまざまな役割を担うようになったことは、2020年代の大きな変化です。
出典:ブンデスリーガ公式|2025-26シーズンの日本人選手の増加と新加入選手
2026-27シーズン|日本人選手の新しい挑戦が始まる
2026-27シーズンは、これまでの日本人選手の活躍を受け継ぐように、新たな顔ぶれが登場しています。
フライブルクには鈴木唯人に加え、後藤啓介と山本理仁が加入しました。
後藤は第5節のシャルケ戦でブンデスリーガ初得点を記録しています。
山本も第7節のバイエルン戦で途中出場し、ブンデスリーガデビューを果たしました。
また、田中聡は昇格したシャルケへ加入し、ドイツ1部での挑戦を始めています。
出典:ブンデスリーガ公式|2026-27シーズンの日本人選手一覧と出場記録
2026-27シーズンの日本人選手
2026年10月24日公開のブンデスリーガ公式記事に掲載された、第7節終了時点の記録です。
| 選手 | 所属クラブ | 出場 |
|---|---|---|
| 佐野海舟 | マインツ | 7試合 |
| 堂安律 | フランクフルト | 6試合 |
| 鈴木唯人 | フライブルク | 6試合 |
| 小杉啓太 | フランクフルト | 6試合 |
| 後藤啓介 | フライブルク | 6試合 |
| 田中聡 | シャルケ | 6試合 |
| 町野修斗 | ボルシアMG | 5試合 |
| 町田浩樹 | ホッフェンハイム | 5試合 |
| 橋岡大樹 | ボルシアMG | 5試合 |
| 板倉滉 | ボルシアMG | 4試合 |
| 宇野禅斗 | ボルシアMG | 3試合 |
| 伊藤洋輝 | バイエルン | 1試合 |
| 山本理仁 | フライブルク | 1試合 |
| 川崎颯太 | マインツ | 0試合 |
| 神代慶人 | フランクフルト | 0試合 |
特に注目したいのは、2020年代前半に主力として活躍した選手と、新たにドイツへ渡った選手が同じリーグでプレーしていることです。
堂安律や伊藤洋輝が経験を重ねる一方、後藤啓介、山本理仁、田中聡らが新しい挑戦を始めました。
日本人選手のブンデスリーガでの歴史は、まだ続いています。
ブンデスリーガ1部に所属しても、出場できなかった日本人選手
日本人選手の歴史を振り返るとき、所属クラブの名前だけで判断しないことも大切です。
例えば、福井太智は2023-24シーズンにバイエルンのトップチームでDFBポカールに出場しました。
しかし、同シーズンのブンデスリーガ1部での出場はありません。
チェイス・アンリも2023-24シーズンはシュトゥットガルトのセカンドチームでプレーし、翌2024-25シーズンに1部出場を果たしています。
同じように、2025-26シーズンの小杉啓太と神代慶人についても、所属とリーグ戦出場を分けて整理する必要があります。
これは選手の挑戦を小さく扱うためではありません。
トップチームへの昇格、カップ戦出場、リーグ戦デビュー。
その一つひとつに意味があるからこそ、記録を正確に残しておきたいのです。
2020年代の日本人選手が残したもの
2020年代を振り返ると、私には3つの流れが見えてきます。
最初は、遠藤航、鎌田大地、長谷部誠らがチームの中心として結果を残した時期です。
次に、堂安律、伊藤洋輝、板倉滉らが、それぞれのクラブで評価を高めていきました。
そして、佐野海舟、町野修斗、鈴木唯人らが続き、さらに若い選手がドイツへ渡っています。
もちろん、全員が成功したわけではありません。
負傷に苦しんだ選手もいれば、出場機会をつかめなかった選手もいます。
それでも、かつて奥寺康彦が切り開いた道を、これほど多くの日本人選手が歩くようになりました。
1970年代には特別だった挑戦が、2020年代には日本人選手のキャリアの選択肢として定着しています。
その変化こそ、この年代の最も大きな出来事ではないでしょうか。
よくある質問
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| ブンデスリーガで最も多く出場した日本人選手は誰ですか? | 長谷部誠です。長年にわたりヴォルフスブルク、ニュルンベルク、フランクフルトでプレーしました。 |
| ブンデスリーガで最も多く得点した日本人選手は誰ですか? | 香川真司です。ドルトムントで活躍し、リーグ戦通算41得点を記録しました。 |
| 日本人選手のブンデスリーガ1シーズン最多得点は何点ですか? | 岡崎慎司がマインツ時代の2013-14シーズンに記録した15得点です。 |
まとめ|2020年代は、日本人選手がドイツで戦うことが当たり前になった時代
2020年代のブンデスリーガには、さまざまな日本人選手の物語がありました。
遠藤航がシュトゥットガルトを残留に導いたゴール。
鎌田大地と長谷部誠がフランクフルトで経験した欧州制覇。
町野修斗の11得点、佐野海舟の中盤での存在感。
そして、2026-27シーズンに新しい挑戦を始めた若い選手たち。
一人ひとりの歩みを並べると、ブンデスリーガにおける日本人選手の立ち位置が、確実に変わってきたことが分かります。
奥寺康彦の時代から続く日本人選手の歴史は、2020年代に入って、さらに厚みを増しました。
ただ、私が最も印象に残るのは、やはり遠藤航の残留を決めたゴールです。

あの一瞬には、海外でプレーする日本人選手が背負う責任と、チームから寄せられる信頼が詰まっていたように感じます。
ドイツへ行くことが目標だった時代から、ドイツで何を残すかが問われる時代へ。
2020年代は、その変化をはっきりと感じさせてくれる年代でした。


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