2026年10月22日、UEFAヨーロッパリーグのツェリェ戦。
ザルツブルクの北野颯太選手が、欧州の舞台で記念すべき初ゴールを決めました。
前半9分、右サイドから始まったカウンター攻撃。
前線へ走り込んだ北野選手は、味方からのパスを受けると、右足で冷静にゴール左隅へ流し込みました。
セレッソ大阪のアカデミーで育ち、トップチームで経験を積んだ若者が、今度はオーストリアの地で結果を残しています。
2025年6月の海外移籍から約1年4か月。
22歳となった北野選手は、欧州で着実に存在感を高めています。

セレッソ時代を思い出してうれしくなりましたね。
この記事では、北野颯太選手の2026-27シーズンの成績と現在の所属状況を中心に、セレッソ大阪時代の記録、海外移籍、日本代表歴、怪我からの復帰、プレースタイルまで紹介します。
そして、セレッソ大阪で育った選手が、なぜ欧州の舞台でもゴールを奪えるのか。
その成長の過程にも注目していきます。
北野颯太の現在と2026-27シーズン成績
北野颯太選手は現在、オーストリア1部リーグのFCレッドブル・ザルツブルクに所属しています。
2025年6月にセレッソ大阪から完全移籍し、2026-27シーズンは欧州挑戦2年目を迎えました。
ザルツブルクでの2026-27シーズン成績
2026年10月22日時点で報じられている今季の公式戦成績は、17試合出場、3得点4アシストです。
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 所属クラブ | FCレッドブル・ザルツブルク |
| シーズン | 2026-27 |
| 公式戦出場 | 17試合 |
| 得点 | 3得点 |
| アシスト | 4アシスト |
| 集計時点 | 2026年10月22日 |
※国内リーグ、国内カップ、欧州大会などを含む公式戦合計として報じられた数字です。
得点だけでなく、アシストでもチームに貢献していることが分かります。
セレッソ大阪時代から攻撃的なポジションでプレーしてきた北野選手ですが、欧州でもゴールに関わる働きを見せています。
EL初ゴールを決めたツェリェ戦
2026年10月22日のUEFAヨーロッパリーグ、ツェリェ戦では先発出場を果たしました。
試合開始からわずか9分。ザルツブルクが右サイドからカウンターを仕掛けると、北野選手は中央へ走り込みます。
味方のダミル・レジッチ選手がペナルティーエリア右側へ進入し、マイナス方向へパスを送りました。
北野選手はフリーでボールを受けると、右足でゴール左隅へ流し込みました。
相手ゴールキーパーの位置を見ながら、力任せではなくコースを狙ったシュートでした。
試合は2-2の引き分けに終わりましたが、北野選手にとって欧州カップ戦初ゴールという大きな一歩になりました。
オーストリア移籍後の成績推移
2025年6月にザルツブルクへ移籍した北野選手は、最初のシーズンから出場機会を得ました。
2026年5月にセレッソ大阪が古巣訪問を発表した際には、移籍後のリーグ戦成績として25試合6得点が紹介されています。
移籍初年度から得点を重ね、翌シーズンには欧州カップ戦でもゴールを記録しました。
国内リーグでの経験を欧州の舞台につなげている点は、北野選手の成長を考えるうえで見逃せません。
北野颯太のセレッソ大阪時代の成績と海外移籍
北野颯太選手のプロとしての原点は、セレッソ大阪にあります。
育成組織で技術を磨き、トップチームに昇格。若くして公式戦で経験を積み、2025年6月には海外移籍という新たな挑戦を選びました。
セレッソ大阪でのデビューと成長
北野選手はセレッソ大阪U-15、U-18を経て、トップチームでプレーするようになりました。
2022年にはJ1リーグで19試合に出場。
同年のJリーグYBCルヴァンカップではニューヒーロー賞を受賞しています。
セレッソ大阪での通算成績は次のとおりです。
| 大会 | 出場 | 得点 |
|---|---|---|
| J1リーグ | 68 | 8 |
| J3リーグ | 8 | 0 |
| ルヴァンカップ | 19 | 3 |
| 天皇杯 | 4 | 2 |
| 合計 | 99 | 13 |
※2025年6月9日のセレッソ大阪公式発表に基づきます。
トップチームでの経験に加え、育成年代から培ってきた攻撃の技術が、北野選手の土台になっています。
2025年6月、ザルツブルクへ完全移籍
2025年6月9日、セレッソ大阪は北野選手のFCレッドブル・ザルツブルクへの完全移籍を発表しました。
移籍に際して北野選手は、約10年間を過ごしたクラブへの感謝を伝え、恩返しができるように頑張るとコメントしています。
ザルツブルクはオーストリアを代表するクラブの一つであり、若い選手が欧州で経験を積む舞台でもあります。
Jリーグから海外へ移籍することは、単にプレーする国が変わるだけではありません。
対戦相手の特徴も、求められる判断の速さも、日々の競争環境も変わります。
北野選手はその環境で出場機会をつかみ、欧州カップ戦でも結果を残すところまで歩みを進めました。
古巣セレッソへの帰還が示したつながり
2026年5月30日、北野選手はセレッソ大阪のホームゲームに来場しました。
FC東京戦のハーフタイムにスタジアムへ登場し、サポーターに挨拶する機会が設けられたのです。
セレッソ大阪の公式発表では、当時の北野選手について、ザルツブルク移籍後のリーグ戦で25試合6得点を記録していることも紹介されました。
海外へ渡った選手が、かつて育ったクラブのサポーターの前に帰ってくる。
私はこういう場面に、育成クラブと選手の関係がよく表れていると感じます。
移籍すれば所属クラブは変わります。それでも、選手として育った場所まで変わるわけではありません。
北野選手にとって、セレッソ大阪は欧州での挑戦を支える原点の一つなのでしょう。
北野颯太の日本代表歴|A代表デビューから定着への挑戦
北野颯太選手は、年代別日本代表を経験した後、2025年11月にA代表へ初招集されました。
しかも、招集されただけではありません。
実際にピッチへ立ち、日本代表デビューも果たしています。
年代別日本代表での実績
北野選手は若い頃から日本代表の育成年代に選ばれてきました。
| 代表カテゴリー | 主な経歴 |
|---|---|
| U-15日本代表 | 2019年に選出 |
| U-16日本代表 | 2020年に選出 |
| U-17日本代表 | 2021年に選出 |
| U-19日本代表 | 2022年に選出 |
| U-20日本代表 | 2023年に選出 |
| 日本代表(A代表) | 2025年11月に初選出 |
2023年にはU-20アジアカップやU-20ワールドカップの舞台も経験しています。
年代別代表での経験は、海外移籍後に初めて国際試合へ挑戦する選手とは異なる強みです。
若い頃から海外の選手と対戦してきたことも、北野選手のキャリアを考えるうえで重要な要素といえます。
2025年11月のA代表初招集とガーナ戦デビュー
2025年11月6日、森保一監督が発表した日本代表メンバーに、北野選手の名前がありました。
同月14日のガーナ代表戦では、後半31分から途中出場。久保建英選手に代わって右シャドーの位置に入り、A代表デビューを果たしています。
試合は日本が2-0で勝利しました。
この試合では、同じく若い後藤啓介選手もA代表デビューを果たしました。
北野選手は試合後、代表でプレーできた喜びを語るとともに、守備の連係についても課題を口にしています。
初めての代表戦で、喜びだけでなく改善点にも目を向けていたことが印象的です。
出典:日本サッカー協会|SAMURAI BLUEメンバー発表
日本代表での現在地と今後の課題
A代表デビューを果たしたことで、北野選手の目標は次の段階へ進みました。
今後は継続的に招集され、代表チームの中で自分の役割を確立することが求められます。
日本代表の攻撃的なポジションには、久保建英選手をはじめ、欧州で経験を積む選手が数多くいます。
北野選手がその競争に加わるためには、クラブで安定して出場し、得点やアシストという結果を積み重ねることが重要になるでしょう。
2026年10月のEL初ゴールは、そのための材料の一つです。
代表での立場を変えていくのは、過去の実績だけではありません。現在のクラブで何を示せるかが問われています。
北野颯太の怪我と復帰までの歩み
北野颯太選手のキャリアは、順調な時期ばかりではありませんでした。
セレッソ大阪時代には右膝の手術を経験しています。
2023年の右膝半月板損傷と手術
2023年10月22日、セレッソ大阪は北野選手の負傷を発表しました。
トレーニング中に右膝半月板を損傷し、同月13日に手術を受けたことが明らかにされています。
当時19歳だった北野選手にとって、試合やトレーニングから離れる時間は決して小さなものではなかったはずです。
若い選手にとって重要なのは、試合に出ることだけではありません。練習を重ね、身体の状態を整えながら、成長を続けることです。
その時期に手術を経験したことは、キャリアの大きな出来事だったといえます。
ザルツブルク移籍後の負傷と復帰
2025年8月には、ザルツブルクでの試合中に右足首を痛めたことも報じられています。
ただし、過去の負傷歴と現在のコンディションは分けて考える必要があります。
2026年10月22日のツェリェ戦では先発出場し、EL初ゴールを記録しました。
少なくともこの試合では、前線でプレーし、得点につながる動きを見せています。
過去に手術や負傷を経験しながらも、欧州の舞台で結果を残していることは、北野選手の歩みを振り返るうえで欠かせません。
北野颯太のプレースタイルとポジション
北野颯太選手の魅力は、攻撃的なポジションでの技術と、ゴール前での判断力にあります。
セレッソ大阪ではFWとして登録され、ザルツブルクではトップ下などでもプレーしています。
前線で生きる動き出しとボールコントロール
北野選手は、ドリブルで相手をかわすだけでなく、味方との連係からチャンスをつくることができる選手です。
特に注目したいのは、パスを受ける前の動きです。
相手ディフェンダーの位置を確認しながらスペースへ入り、次のプレーにつながる位置でボールを受けます。
ボールを受けてから何をするかだけでなく、受ける前にどこへ動くか。
この判断が、攻撃的な選手としての大切な能力になっています。
EL初ゴールに表れた巧みなポジショニング
2026年10月22日のツェリェ戦は、北野選手の特徴を考えるうえで分かりやすい場面でした。
味方が右サイドからカウンターを仕掛けると、北野選手は中央へ走り込みました。
しかし、単純にゴール前へ飛び込んだわけではありません。
ボールを運ぶ味方に対して、少し後方のマイナス方向へ位置を取り、相手の守備から離れた場所でパスを受けています。
そして、トラップから右足のシュートへ。
このゴールで印象的だったのは、シュートの強さよりも落ち着きでした。
ゴール前でフリーになる動き、ボールを収める技術、そしてコースを狙う判断。その一連のプレーが得点につながっています。
もちろん、一つのゴールだけで選手の能力すべてを評価することはできません。

それでも、北野選手が欧州の舞台でどのようにゴールを奪ったのかを知るには、象徴的な場面だったと思います。
セレッソ時代から変化した役割
セレッソ大阪時代の北野選手は、前線での仕掛けや得点への関与が期待される若手アタッカーでした。
ザルツブルクでは、トップ下として味方との連係や攻撃の組み立てにも関わっています。
2026-27シーズンの公式戦17試合で3得点4アシストという数字からも、得点だけに役割が限定されていないことがうかがえます。
ただし、アシスト数だけでプレーメーカーとしての完成度を判断することはできません。
今後は試合を通じて攻撃に関わる回数や、相手の守備を動かすプレーにも注目したいところです。
北野颯太のプロフィールと高校・育成経歴
北野颯太選手は2004年8月13日生まれ、和歌山県出身のサッカー選手です。
高校時代は興國高校に在籍し、サッカーではセレッソ大阪U-18に所属していました。
出身地・年齢・身長などの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 北野颯太(きたの そうた) |
| 生年月日 | 2004年8月13日 |
| 年齢 | 22歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 和歌山県 |
| 身長 | 172cm |
| 体重 | 60kg(セレッソ大阪公表値) |
| ポジション | FW・攻撃的MF |
| 現在の所属 | FCレッドブル・ザルツブルク |
| 出身高校 | 興國高校(大阪府) |
| 主な受賞歴 | 2022年ルヴァンカップ・ニューヒーロー賞 |
興國高校とセレッソ大阪アカデミーでの歩み
北野選手の出身高校は、大阪府大阪市の興國高校です。
同校の公式サイトでは、2022年12月に行われたJリーグ入団内定者の合同記者会見で、北野選手が3年生のアスリートアドバンスコースに在籍していたことが紹介されています。
高校では学業に取り組みながら、サッカーではセレッソ大阪U-18に所属していました。
セレッソ大阪の公式発表による主な育成経歴は、アルテリーヴォ湯浅、セレッソ大阪エリートクラス、セレッソ大阪U-15、U-18という流れです。
そして、トップチームでの経験を経て、ザルツブルクへ移籍しました。
セレッソ大阪のアカデミー出身選手といえば、香川真司選手や南野拓実選手も思い浮かびます。
もちろん、同じ育成組織で育ったからといって、同じキャリアを歩むわけではありません。
それでも、セレッソ大阪から欧州へ挑戦する攻撃的な選手が、また一人現れたことには興味を引かれます。

私の住む県から海外リーグのプレーヤーが現れたことはとても誇りです。
北野選手がこれからどのようなキャリアを築くのか、楽しみにしたいところです。
北野颯太についてよくある質問
北野颯太選手について検索されている関連キーワードから、基本情報に関する疑問をまとめました。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 北野颯太の背番号は? | ザルツブルクでは背番号8を着用しています。 |
| 北野颯太の身長は? | セレッソ大阪の公式プロフィールでは172cmです。 |
| 北野颯太の出身高校は? | 大阪府の興國高校です。サッカーではセレッソ大阪U-18に所属していました。 |
| 北野颯太は何歳? | 2004年8月13日生まれで、2026年10月現在22歳です。 |
| 北野颯太は日本代表で試合に出た? | 2025年11月14日のガーナ代表戦で途中出場し、A代表デビューを果たしました。 |
まとめ|セレッソから欧州へ、北野颯太の挑戦は続く
2026年10月22日、ザルツブルクの北野颯太選手がUEFAヨーロッパリーグで初ゴールを決めました。
前半9分、カウンターから巧みにフリーの位置をつくり、右足で冷静に流し込んだ先制点。
その一場面だけを見れば、欧州で活躍する若い日本人選手のゴールです。
しかし、そこに至るまでの歩みを振り返ると、また違った見え方がしてきます。
セレッソ大阪のアカデミーで育ち、トップチームで経験を積み、19歳のときには右膝の手術も経験しました。
2025年6月にザルツブルクへ移籍すると、同年11月には日本代表に初招集され、ガーナ戦でA代表デビューを果たしています。
そして欧州挑戦2年目、ELでの初ゴール。
私が印象に残ったのは、得点を決めた瞬間だけではありません。
ゴール前へ走り込む途中で、味方からパスを受けられる位置を選び、落ち着いてシュートを決めたことです。
セレッソ大阪で育った若いアタッカーが、欧州の舞台で自分の判断を結果につなげました。
あのゴールは、セレッソ大阪から始まった北野颯太の物語が、欧州でも確かに続いていることを感じさせる一撃でした。
22歳の挑戦は、まだ始まったばかりです。


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