望月ヘンリー海輝の成績は?日本代表と町田に必要とされる192cm右SB

望月ヘンリー海輝の成績と現在地を紹介するアイキャッチ画像 26-27 J1

日本代表に呼ばれた選手が、代表活動の途中でいったん所属クラブへ戻り、試合を終えて再び代表へ合流する。

そんな少し珍しい動きの中心にいたのが、FC町田ゼルビアの望月ヘンリー海輝です。

9月29日、けがで離脱した渡辺剛に代わってキリンカップサッカー2026の日本代表へ追加招集されました。

ところが10月3日、日本サッカー協会は「所属クラブ事情」を理由に望月が代表を一時離脱すると発表。

10月4日に再合流するという日程が組まれました。

代表にも必要とされ、クラブにも必要とされる。

192cmの大きな体で右サイドを駆け上がる望月ヘンリー海輝は、いつの間にここまで日本代表に近い存在になったのでしょうか。

成績、高校時代、プレースタイル、そして現在の日本代表での立ち位置まで追ってみます。

望月ヘンリー海輝の成績|町田で存在感を高めた大型サイドバック

望月ヘンリー海輝は2001年9月20日生まれ。身長192cm、体重81kgのDFです。

国士舘大学から2024年にFC町田ゼルビアへ加入しました。

J1でのリーグ戦成績を見ると、プロ1年目の2024年から26試合に出場。2025年には32試合1得点まで数字を伸ばしています。

※2026/27シーズンは2026年10月2日時点

2024年2月24日にJリーグ初出場を果たし、2025年5月7日にJリーグ初得点。

2025年にはJ1優秀選手賞にも選ばれました。

大学を卒業してプロになった選手が、わずか1年ほどで町田の主力となり、その翌年には日本代表へ。

数字だけを並べても、かなり速いペースで階段を上ってきたことが分かります。

ただ、望月を数字だけで見ると、この選手の面白さをかなり取りこぼしてしまいます。

望月ヘンリー海輝はどんな選手?192cmでも走れるプレースタイル

最初に目につくのは、やはり192cmという身長です。

センターバックなら驚く数字ではありませんが、望月の主戦場は右サイド。大きな体を使って守るだけではなく、そこから前へ出ていきます。

プロ入りが決まった際、本人も自分の特徴として「運動量を活かした積極的な攻撃参加」を挙げていました。

実際、その言葉どおりの数字も出ています。

2026年9月12日の横浜F・マリノス戦では12.7kmを走り、スプリントは20回。

どちらも両チームを通じてトップでした。

192cmの選手がこれだけ走って右サイドを上下する。

私が望月を見ていて一番面白いと思うのは、ここです。

「大きいから空中戦に強い」というだけなら分かりやすいのですが、望月の場合、そのサイズを持った選手がサイドから前へ出てくること自体が武器になっています。

町田では高い位置を取り、クロスを上げるだけでなく、反対サイドからのクロスに対してゴール前へ入っていく役割も求められています。

もちろん192cmですから、ゴール前に入ればそのままターゲットにもなれます。

ロングスローを投げられる選手でもありますが、2024年の新潟戦では、自分が投げるより192cmの自分がゴール前に入った方がいいと判断し、林幸多郎にスローインを任せたこともありました。

高さ、走力、攻撃参加。

「大型サイドバック」という言葉だけでは足りないくらい、ちょっと変わったタイプの選手です。

高校時代の望月ヘンリー海輝はどんな選手だった?

「望月ヘンリー海輝 高校」は、名前と一緒にかなり検索されている言葉です。

出身校は朝霞西高校です。

ただし、高校の部活動でプレーしていたわけではありません。

望月は上福岡サンダース、大宮アルディージャU-12を経て、三菱養和SC巣鴨ジュニアユース、三菱養和SCユースへ進みました。

高校年代は朝霞西高校に通いながら、三菱養和SCユースでプレーしています。

2019年にはU-18日本代表候補にも選ばれました。

その後、国士舘大学へ進学します。

ここが望月の経歴を見ていて興味深いところです。
高校サッカー選手権で全国的に名前を知られ、そのまま高卒でJリーグへ入った選手ではありません。

Jクラブのジュニアを経験しながら、その後は三菱養和、国士舘大学と進み、大学卒業後にプロの世界へ入っています。

町田への加入が内定したのは2023年5月。

本人はそこで、幼い頃からの夢だったプロサッカー選手としてのキャリアを町田で始められる喜びを語っていました。

その選手が、プロ入りからわずか数年で日本代表のユニフォームを着ています。

望月ヘンリー海輝が日本代表まで駆け上がった

望月ヘンリー海輝がA代表で大きな一歩を踏み出したのは、2025年の東アジアE-1サッカー選手権でした。

ホンコン・チャイナ戦、中国戦、韓国戦に出場。

中国戦では代表初ゴールも記録しています。

さらに同年9月のアメリカ戦では先発出場。

10月のブラジル戦にも途中出場しました。

2026年10月2日時点で、Jリーグ公式に記録されている日本代表出場数は5試合です。

そして今回のキリンカップでは、最初からメンバーに入っていたわけではありません。

9月29日、渡辺剛がけがのため代表を離脱。

その代わりとして追加招集されたのが望月でした。

追加招集とはいえ、誰でも呼ばれるわけではありません。

突然選手が欠けたとき、「では誰を呼ぶのか」となったところで名前が出てくる。

それも現在の代表における評価の一つだと思います。

192cmという高さがあり、右サイドを上下できる。必要ならゴール前のターゲットにもなれる。

日本代表の中を見渡しても、まったく同じタイプを探すのは簡単ではありません。

代表を一時離脱して町田へ|異例の日程が示した現在地

そして今回、望月ヘンリー海輝を取り上げようと思った一番の理由が、この動きでした。

日本サッカー協会は2026年10月3日、望月が「所属クラブ事情のため」日本代表を一時離脱すると発表しました。

ただし、代表から外れるわけではありません。

10月4日に再合流する予定とされました。

代表に追加招集される。

いったんクラブへ戻る。

そして、また代表へ帰ってくる。

なかなか見ないスケジュールです。
選手本人にとっては移動も含めて簡単な日程ではないでしょう。

それでも、この出来事を見て私が感じたのは「大変だな」だけではありませんでした。

代表にも必要とされている。そして町田にも必要とされている。

むしろ、今の望月の立ち位置がよく分かる出来事に見えました。

数年前まで国士舘大学でプレーしていた選手です。

2024年にJリーガーになり、2025年には日本代表へ入り、2026年には代表活動の途中でもクラブへ戻る必要があるほどの存在になりました。

今回の一時離脱は、望月ヘンリー海輝がどこまで駆け上がってきたのかを象徴する出来事なのかもしれません。

望月ヘンリー海輝に海外移籍の可能性はある?

望月ヘンリー海輝については「移籍」という言葉でも検索されています。

2026年10月現在、所属はFC町田ゼルビアです。

海外移籍については、具体的な移籍先が正式発表されているわけではありません。

ただ、海外から見ても分かりやすい特徴を持っている選手なのは確かです。

192cmのサイズ。

サイドを上下できる運動量。

空中戦でターゲットになれる高さ。

そして日本代表歴。

2025年にはJ1優秀選手賞にも選ばれています。

海外移籍が実現するかどうかは別として、これから移籍市場で名前を見る機会が増えても不思議ではない選手だと感じます。

個人的には、移籍先を予想することより、町田と日本代表でどこまでプレーの幅を広げるのかをもう少し見ていたい選手です。

望月ヘンリー海輝についてよくある質問

まとめ|代表とクラブを行き来するほど必要とされる選手へ

望月ヘンリー海輝は、三菱養和SCユースから国士舘大学へ進み、2024年にFC町田ゼルビアでプロ生活をスタートしました。

192cmという高さだけでなく、サイドを何度も上下できる運動量を持っています。

2024年にJ1で26試合、2025年には32試合に出場。2025年には日本代表にも選ばれ、代表初ゴールまで記録しました。

そして2026年10月。

渡辺剛の離脱を受けて日本代表へ追加招集されながら、所属クラブ事情でいったん代表を離れ、再び戻ってくるという珍しいスケジュールを経験しています。

代表にいるからクラブでは重要ではない、ということではありません。

クラブで重要だからこそ代表に呼ばれ、代表に呼ばれる選手になってもクラブから必要とされる。

今回の一時離脱を見て、私はそんな望月の現在地を感じました。

192cmの大きな選手が右サイドを駆け上がってきたら、やはり目につきます。

これから日本代表の試合を見るとき、「32番の大きな選手は誰だ?」と思ったら。

その選手が、望月ヘンリー海輝です。

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