本田圭佑の現在と成績|W杯解説でも変わらない「ほら、ここ」の本田らしさ

本田圭佑の現在の全身像と日本代表時代のフリーキックを描いたアイキャッチ画像 26-27 その他の海外リーグ

今年のワールドカップ、日本代表の活躍にはもちろん注目していました。

ところが中継が始まったとたん、その注目はいきなり解説に持っていかれました。

若い選手を「○○さん」と呼ぶ独特のスタイル。

そしてピッチ上で何かに気づくと、「ほら、ここ。」とそのプレーをアピールする姿。

本田圭佑らしいなあ、と思いました。

考えてみれば、現役時代からそうでした。

自分が「ここだ」と思えば、遠慮しない。

相手が誰であろうと、自分の考えを前に出します。

その姿を強烈に印象づけた場面の一つが、中村俊輔とのフリーキックをめぐるやり取りだったのかもしれません。

あの若者は日本代表の中心となり、ワールドカップでゴールを決め、世界各地のクラブを渡り歩きました。

そして40歳になった現在も、まだ現役です。

本田圭佑は現在何をしているのでしょうか。

これまでの成績とともに、私の記憶に残っている「本田圭佑らしさ」を振り返ります。

本田圭佑は現在何をしている?40歳でFCジュロンの選手に

「本田圭佑はもう引退した」と思っている人もいるかもしれません。

しかし、2026年9月現在、本田圭佑は現役選手です。

2026年4月、シンガポール・プレミアリーグのFCジュロンと契約しました。

そして9月18日のホーム開幕戦で公式戦に出場。

2024年10月にブータンのパロFCでプレーして以来、約2年ぶりとなる公式戦復帰を果たしています。

40歳です。

しかも、本田自身が2026年のワールドカップ中継で「まだ現役」と話していました。

解説席に座っている姿だけを見ていると、元日本代表選手が第二のキャリアを歩んでいるようにも見えますが、本人の中ではまだ終わっていません。

FCジュロンは、アルビレックス新潟シンガポールから名称を変更したクラブです。

本田にとってシンガポールは、プロとしてプレーする11カ国目となりました。

加入時にはリーグ優勝を目標に掲げています。

11か国。ギネス載るんじゃないの?

一方で、選手だけをしているわけでもありません。

過去にはカンボジア代表でGMを務め、実質的な監督の立場でチームを指揮しました。

この活動は2018年に始まり、2023年の東南アジア競技大会を最後に終了しています。

現在は実業家や投資家としての顔も持っています。

選手なのか、監督なのか、実業家なのか、解説者なのか。

一つに決めようとするから、本田圭佑という人は分かりにくいのかもしれません。

全部やっている。

それが一番近い答えのように思います。

本田圭佑の出身は大阪府摂津市|星稜高校から始まった逆転

本田圭佑の出身は大阪府摂津市です。

1986年6月13日生まれ。地元の摂津FCからガンバ大阪ジュニアユースへ進み、その後、石川県の星稜高校へ進学しました。

本田の公式プロフィールにも、「摂津FC→ガンバ大阪JY→星稜高→名古屋グランパスエイト」という経歴が記されています。

大阪出身なのに、なぜ石川県の星稜高校なのか。

ここには、本田のサッカー人生を語るうえで外せない出来事があります。

ガンバ大阪ジュニアユースからユースへの昇格を果たせず、高校サッカーへ進むことになったからです。

のちに日本代表の中心となり、海外へ渡り、ACミランで10番を背負った選手にも、次のカテゴリーへ上がれなかった時期がありました。

結果を知ってから振り返ると、ここが面白いところです。

ガンバ大阪ユースへ上がれなかったことで、本田の道は終わりませんでした。

星稜高校から名古屋グランパスへ。そしてオランダへ。

一つの道が閉じたら、別の道を進む。

考えてみれば、その後の本田圭佑も同じでした。

オランダからロシア、イタリアへ渡り、その後もメキシコ、オーストラリア、ブラジルなど、国を変えながらサッカーを続けています。

最初から一本のレールを走ってきた選手ではありません。

摂津から金沢へ向かった少年時代から、本田圭佑の「次へ行く」は始まっていたのかもしれません。

本田圭佑の名言|なぜ言葉まで記憶に残るのか

本田圭佑を検索すると、「名言」という言葉が出てきます。

確かに本田には、記憶に残る言葉がたくさんあります。

公式サイトには「本田語録」という形で本人の言葉が残されており、その中には、「何で他人が俺の進む道を決めんねん、自分の道は、自分が決める」という言葉もあります。

いかにも本田圭佑です。

ただ、私は本田の言葉を「強気な発言」だけで片づけると、少し違うように感じます。

たとえば2010年、Numberの取材では個人の目標としてバロンドールを掲げていました。

当然、周囲から見れば途方もない目標です。

それでも本田は、笑われることまで自分を前へ進める力に変えようとしていました。

別のインタビューでは、「1年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる」とも語っています。

ここがすごい。
成し遂げる原動力はこんなところにあるのかも知れません。

大きなことを言って終わりではありません。

先に大きな目標を口にして、そこから逆算して今日やることを決める。

本田を長年取材したNumberの木崎伸也氏も、本田は途方もない目標を設定し、そこから逆算して必要なことを考えるタイプだったと振り返っています。

高校生のころから、世界一の選手になるところから逆算して自分の現在地を考えていたといいます。

そう考えると、中村俊輔に「フリーキックを蹴らせてほしい」と伝えた場面も、少し違って見えてきます。

日本代表で生き残るため、本田はかつて、「人任せにしないで、誰が決めなくても俺が決めてやる」と語っていました。

そして本当に翌年のワールドカップでフリーキックを決めました。

本田圭佑の言葉が今も検索されるのは、面白いことをたくさん言ったからだけではないのでしょう。

先に言ってしまう。

そして、自分自身をそこへ向かわせる。

できたこともあれば、届かなかった目標もあります。

それでも言葉にして前へ進む姿を、私たちは長い間見てきました。

本田圭佑にとって「名言」は、結果を振り返って格好よくまとめた言葉ではなく、これから自分が進む方向を決めるための言葉だったのかもしれません。

本田圭佑の成績|名古屋から世界を渡り歩いたキャリア

本田圭佑のプロキャリアは、2005年に名古屋グランパスで始まりました。

そこからオランダへ渡り、ロシア、イタリア、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アゼルバイジャン、リトアニア、ブータン、そして現在のシンガポールへ。

公式サイトに掲載されている主なリーグ戦成績を振り返ると、その移動距離のすごさがよく分かります。

VVVフェンロでは2008-09シーズンにオランダ2部優勝とMVPを経験。

CSKAモスクワではロシア・プレミアリーグやロシアカップを制し、UEFAチャンピオンズリーグにも出場しました。

そして2014年にはACミランへ移籍します。

日本人がミランの背番号10をつける。

当時のインパクトを知っている世代にとって、これだけでも特別な出来事でした。

ただ、本田のキャリアを振り返って私が面白いと思うのは、ミランがゴールではなかったことです。

メキシコへ行き、オーストラリアへ行き、ブラジルへ行く。

さらにアゼルバイジャン、リトアニア、ブータンへ渡り、40歳になった2026年にはシンガポールです。

普通なら「その次はどこ?」という質問が出なくなりそうな年齢になっても、本田圭佑にはまだその質問が成立します。

本田圭佑と中村俊輔|あのフリーキックで何があった?

本田圭佑と中村俊輔。

この二人の名前を並べると、思い出す場面があります。

2009年9月5日のオランダ代表との親善試合でした。

後半途中から出場した本田は、フリーキックの場面で当時日本代表の中心だった中村俊輔にキッカーを譲ってほしいと求めました。

試合後、本田は報道陣から中村とのやり取りについて質問されましたが、「コメントを避けたい」と答えています。

少なくとも、そのやり取り自体が当時から注目を集めていたことは確認できます。

ここを後から「不仲だった」「確執があった」と単純化する必要はないと思います。

私の記憶に残っているのは、もっと単純なことです。

よく言ったな、本田。

当時の俊輔は日本代表の10番です。

セルティックで数々のフリーキックを決め、代表でもセットプレーを任されていました。

そこへ代表での実績ではまだ遠く及ばない本田が出てきて、「自分に蹴らせてほしい」と主張する。

今なら本田圭佑という人物を知っていますから、「まあ、本田なら言うでしょう」と思えます。

しかし、あの時点では違いました。

なんだ、この若いのは。

そんな印象を持った人も多かったのではないでしょうか。

ところが、その翌年です。

南アフリカW杯で主役へ|「蹴らせてほしい」と言った男が決めたFK

2010年南アフリカワールドカップ。

大会前の日本代表は苦しい状況にありましたが、初戦のカメルーン戦で本田圭佑が決勝ゴールを決め、日本は1-0で勝利しました。

そしてグループステージ突破をかけたデンマーク戦。

前半17分、日本がフリーキックを獲得します。

蹴ったのは本田圭佑でした。

左足から放たれた無回転のボールが大きく変化し、ゴールへ突き刺さります。

日本はその後、遠藤保仁もフリーキックを決め、岡崎慎司が3点目。3-1で勝利して決勝トーナメント進出を決めました。

前年、俊輔に「蹴らせてほしい」と求めた男が、ワールドカップで本当に決めてしまいました。

私はここに本田圭佑という選手の面白さを感じます。

言うだけなら簡単です。

「俺がやる」と手を挙げることもできます。

しかし、その後に結果を出してしまう。

だから大口をたたく選手では終わらず、「本田なら何かやるかもしれない」と思わせる選手になっていったのでしょう。

ちなみに、このデンマーク戦で中村俊輔はベンチでした。

わずか1年前には俊輔が蹴っていたフリーキック。

その舞台で本田が日本を決勝トーナメントへ導くゴールを決めました。

世代交代という言葉だけでは片づけられないほど、象徴的な場面だったと思います。

本田圭佑の日本代表成績|W杯3大会連続ゴール

本田圭佑の日本代表での通算成績は、国際Aマッチ98試合37得点です。

ワールドカップでは2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと3大会に出場しました。

2018年のセネガル戦でのゴールによって、日本人として初めてワールドカップ3大会連続得点を達成しました。

さらに3大会連続で得点とアシストの両方を記録。

FIFAによれば、これを達成したのは当時世界で6人目でした。

本田というと強烈な言葉やキャラクターが先に浮かぶことがあります。

しかし、こうして数字を並べると、そのキャラクターだけで日本代表の中心にいたわけではないことが分かります。

ワールドカップで4得点。

しかも3大会で得点しています。

大舞台で結果を残したからこそ、本田の言葉には説得力がついていったのでしょう。

本田圭佑の解説はなぜ面白い?選手を「さん」で呼ぶ現在

そして2026年。

今度はワールドカップの中継で、本田圭佑が再び強烈な存在感を見せました。

私がまず気になったのは、選手の呼び方です。

「前田さん」「伊東さん」「小川さん」「菅原さん」。

日本代表で長く一緒にプレーしたわけではない後輩たちを、基本的に「さん」付けで呼びます。

本田は以前、その理由について、長く一緒に代表でプレーしていない選手には一律で「さん」を付けるようにしていると説明しています。

ビジネスの世界では普通のことであり、サッカー界の体育会系的な文化への違和感も語っていました。

久保建英だけは本人から「久保さん」と呼ぶのをやめてほしいと言われたため、「タケ」。

そこまで含めて本田らしいです。

ただ、私が引き込まれたのは「さん付け」だけではありません。

試合を見ながら何かに気づいた瞬間の反応です。

選手の立ち位置が変わった。相手が狙っている場所が見えた。次に起こりそうなことに気づいた。

そんなとき、本田が「ほら、ここ。」すぐにアピールします。

解説者が完成したプレーを説明してくれるというより、一緒にテレビを見ている人が先に何かを発見して教えてくれる感覚です。

だから私は、試合だけではなく本田の言葉まで追ってしまいました。

2022年カタール大会でも本田の解説は話題になりましたが、2026年大会でもそのスタイルは健在でした。

初戦オランダ戦ではNHK、第2戦チュニジア戦では日本テレビ系で解説を担当しています。

16年前にはピッチの中にいた人が、今は外からワールドカップを見ています。

それでも、やっぱり本田圭佑でした。

本田圭佑は昔から本田圭佑だった

2009年、中村俊輔が立っているフリーキックの場所へ行き、自分に蹴らせてほしいと主張しました。

2010年、本当にワールドカップでフリーキックを決めました。

その後もACミランの10番を背負い、世界中のクラブへ移籍しました。

カンボジアでは実質的に代表を率いる立場にもなりました。

40歳になった2026年にはワールドカップを解説しながら、シンガポールで再び選手として公式戦のピッチに立っています。

やることは変わっているのに、不思議なくらい人物像は変わっていないように見えます。

自分が面白いと思ったらやる。

自分にできると思ったら手を挙げる。

そしてサッカーを見て何かに気づけば、「ほら、ここ。」と伝えたくなる。

もちろん、私は本田圭佑本人を知りません。
それでも長くサッカーを見てきた一人として、昔の本田と現在の本田が妙につながって見えました。

本田圭佑についてよくある質問

まとめ|次は何をやるんだ、本田圭佑

本田圭佑を振り返っていると、不思議な感覚になります。

普通なら「懐かしい」で終わるはずの選手です。

南アフリカワールドカップの無回転FKも、ACミランの10番も、もうずいぶん前の出来事になりました。

ところが本田圭佑の場合、昔話だけでは終わりません。

40歳になった現在も現役選手です。

そう考えると、私が本田圭佑に抱いている興味は「昔すごかった選手」への懐かしさではないのでしょう。

次は何をやるんだ、この人。

たぶん、それです。

現役を続けるのか。再び指導者になるのか。

それとも、私たちが想像していなかった場所へ行くのか。

中村俊輔にフリーキックを蹴らせてほしいと言った若者を見たときも、その先にワールドカップ3大会連続ゴールが待っているとは知りませんでした。

だから今度も、勝手にゴールを決めないでおきます。

本田圭佑の現在地は、まだ途中なのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました