久保建英の彼女は福原遥だった!結婚へ「サッカー選手はチャラい」から始まった恋

久保建英の穏やかな笑顔とプレーシーンを描いた福原遥との結婚記事アイキャッチ 26-27 ラ・リーガ
久保建英と福原遥が結婚。「サッカー選手はチャラい」という不安から始まったと報じられた二人の物語。

久保建英選手の記事を書いたばかりなのに、まさかこんなに早く「続き」を書くことになるとは思いませんでした。

2026年10月2日、久保建英選手と俳優の福原遥さんが結婚を発表しました。

正直、驚きました。

久保選手については12歳の頃から知っています。

バルセロナの下部組織でプレーする「未来のスーパースター」として注目され、日本へ戻り、Jリーグを経てスペインへ。そして日本代表の中心選手になっていく姿を見てきました。

そして今回の結婚発表。

必ず訪れるであろう報道ですが、ああそうなのかと驚きました。

興味深かったのが「サッカー選手はチャラいんじゃないか」福原さんが、そんな不安を抱いていたという話。

今回の話で私が気になったのは、そこからでした。

久保建英が福原遥と結婚――「彼女は誰?」の答えに驚いた

2026年10月2日、久保建英選手と福原遥さんは結婚したことを発表しました。

二人の連名による発表では、「この度、私共、久保建英と福原遥は結婚致しました」と報告しています。

久保建英 公式Instagram(@takefusa.kubo)

これまで久保選手については「彼女はいるの?」「結婚している?」といった検索が多く見られました。

それだけに、交際報道が大きく先行するのではなく、いきなり結婚という形で二人の関係を知った人も多かったのではないでしょうか。

私もその一人です。

福原遥は「サッカー選手はチャラい」と心配していた?

結婚発表後、NEWSポストセブンが二人の交際について興味深いエピソードを報じています。

記事では二人を知る人物の話として、福原遥さんが久保選手からアプローチを受けた当初、

「サッカー選手はチャラいんじゃないか」

という不安を抱いていたと伝えています。

それにしても、サッカーを見続けてきた人間としては、なかなか強烈な一言です。(笑)

しかも福原さんは子役時代から長く芸能界で仕事を続けてきた人です。

結婚を考えるような相手であれば、職業や知名度だけではなく、その人自身を慎重に見ようとしたとしても不思議ではありません。

そして今回の報道で面白いのは、久保選手がそこで終わらなかったという部分でした。

久保建英と福原遥の馴れ初めは?1~2年のアプローチから交際へ

「久保建英 福原遥」と検索すると、すでに「出会い」「馴れ初め」「接点」「いつから」「交際期間」といった言葉が並び始めています。

やはり多くの人が、「そもそも、この二人はどうやって知り合ったの?」と思ったのでしょう。

NEWSポストセブンは二人を知る人物の証言として、久保選手が福原さんへ1~2年ほどアプローチを続けていたと報じています。

しかし、福原さんはすぐに交際を始めたわけではなかったといいます。

久保選手はそれでも諦めず、福原さんが抱えていた不安に向き合い続け、2025年から交際が始まったとされています。

最初から順風満帆だったわけではなかったというエピソードには、少し久保選手らしさを感じました。

遠距離でも続いた交際――スペインと日本をつないだ二人

気になったのは、二人の生活拠点です。

久保選手はスペインでプロサッカー選手としてプレーしています。

一方の福原さんは、日本を中心に俳優として活動しています。

同じ街で生活し、仕事が終わればいつでも会えるという二人ではありません。

サッカー選手には試合だけでなく日々のトレーニングがあり、シーズン中は遠征も続きます。日本代表に招集されれば、さらに移動が加わります。

福原さんにもドラマや映画などの撮影があります。

華やかな二人に見えますが、実際に交際を続けるとなれば簡単な環境ではなかったはずです。

もちろん、二人がプライベートでどのように時間を作っていたのか、私たちには分かりません。

だからこそ、表にほとんど出ないまま関係を続け、結婚という発表までたどり着いたことには驚かされました。

「チャラいんじゃないか」から結婚へ――久保建英の一途さを考えた

実は私は、今回の結婚発表の少し前に久保選手の記事を書いたばかりでした。

その記事で取り上げたのが、日本代表での初ゴールです。

18歳でA代表デビューを果たした久保選手でしたが、日本代表での初ゴールまでは約3年かかりました。

あれだけ早くから「未来のスター」と期待されていた選手です。

本人も初ゴールを決めた際には、「代表でのゴールは、一生このまま決められないんじゃないかと思うこともありました」と振り返っています。

福原さんへのアプローチも、報道では1~2年ほど続いたとされています。

もちろん、サッカーでゴールを決めることと恋愛を同じように語ることはできません。

それでも、簡単に結果が出なくても向き合い続ける人なのかな、と私は感じました。

今回の報道で大切なのは、「何度も猛アタックした」という派手な部分だけではないと思います。

福原さんが抱えていた不安に向き合ったと伝えられていること。

私はむしろ、こちらの方が気になりました。

「サッカー選手はチャラいんじゃないか」と思われていたところから、人生をともにする相手になる。

もし報道されている経緯がその通りなのであれば、時間をかけて信頼を築いていったのでしょう。

久保建英と福原遥が発表した「笑顔あふれる温かい家庭」

そして最後は、やはり本人たちの言葉に戻りたいと思います。

結婚を発表した二人は、これからについて「笑顔あふれる温かい家庭を築いていきたい」としています。

久保選手はこれからもサッカー選手として戦い続けます。

福原さんも俳優として活動を続けていきます。

スペインと日本。それぞれ第一線で仕事を続けてきた二人です。

結婚したからといって、久保選手のサッカー人生が変わるわけではありません。

ピッチで見てきた久保建英とは少し違う顔を、今回初めて知ったような気がしました。

結婚発表翌日、久保建英が語った「すごく幸せ」

結婚発表翌日の10月3日、久保建英選手は日本代表の練習後に取材に応じ、結婚について自ら言葉にしました。

発表のタイミングについては、二人とも忙しく、日本へ戻ってくる期間なども考えながら決めたと説明しています。

そして印象に残ったのが、日本代表の仲間たちから祝福されたことについて語った言葉でした。

「こういった瞬間を日本代表の皆と迎えられることがすごく幸せ」

代表活動中というタイミングでの発表になりましたが、久保選手にとっては、それもまた特別なものになったようです。

さらに取材陣に対しても、「本当にいま、幸せ」という気持ちを自分の口から伝えたかったと話しています。

12歳の頃からサッカー選手としての久保建英を見てきましたが、これほど素直に「幸せ」という言葉を口にする姿は、私にはとても新鮮に映りました。

ピッチでは常に勝敗や結果を求められる久保選手です。

そんなタケが、日本代表の仲間たちに「おめでとう」と祝福されながら迎えた結婚。

そんな状況がとても微笑ましく思えました。

久保建英について、また一つ知らなかった顔を見た

2013年。

12歳だった久保建英選手を知ったとき、私は「日本からすごい選手が出てくるかもしれない」と思いました。

それからJリーグ、日本代表、スペインでの挑戦と、その姿をサッカー選手として見続けてきました。

つい先日は、日本代表初ゴールまで約3年かかった歩みを書いたばかりです。

ところが今回は、福原遥さんとの結婚。

そして「サッカー選手はチャラいんじゃないか」と不安を持たれていたというところから始まり、結婚までたどり着いたとされる二人の話を知りました。

12歳から知っている選手ですが、当然ながら私が知っていたのは久保建英という人のほんの一部分です。

サッカーだけを追っていては見えなかった顔が、また一つ見えた気がします。

久保建英選手、そして福原遥さん結婚おめでとうございます。

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